英国と米国の科学技術予算の今後

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米国フェルミ国立加速器研究所、ピア・オドーネ所長

米国大統領予備選の天王山、スーパーチューズデーを目前にした2月5日、ブッシュ米大統領はその政権最後となる2009年米国会計年度(08年10月~09年9月)大統領予算教書を議会に提出しました。急速に減速する景気浮揚を目指して組み立てられた予算は、過去最大だった04年度の4130億ドルに迫る水準の赤字となっています。しかし、その中で高エネルギー物理(素粒子物理)の予算は、昨年末の大幅削減以前の2007年度の予算レベルまで回復し、国際リニアコライダー(ILC)の技術開発に3500万ドル、超伝導技術開発に、2500万ドルが要求されています。これを受けて、米国フェルミ国立加速器研究所のピア・オドーネ所長は、「非常にいい知らせだ」との安堵の表明をするとともに、ILCやその基盤となる超伝導加速技術など将来加速器プログラムの重要プロジェクトへの資金供与を復活させる方向性を明らかにしています。

 

 

 

 

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米エネルギー省のオーバック科学担当次官は、「2009年度の大統領の予算要求では、アメリカの競争的イニシアチブ(ACI)に基づいて、三つの研究機関、エネルギー省の科学部門、米国科学財団(NSF)、米国標準技術局(NIST)の基礎科学部門への予算増の信任を 求めていくことになる」と述べた。

この予算回復の背景には、米国高エネルギー物理の国際的なプレゼンス後退による、米国の国力低下に対する懸念があると考えられます。大統領予算教書の中には、「テラ・スケール」※のエネルギー領域の探索が、米国物理の目指す最優先課題であることが明示されています。また、国際協力プロジェクトであるILCに対して、米国が果たすべき責務を全うすることも明記されています。これは、膨れ上がるイラク戦費のあおりを受けて大幅削減を余儀なくされた高エネルギー物理分野の、科学的意義が失われたわけではないことを物語っています。米国のIT業界もまた、新大統領候補に向けて、基礎科学への予算拠出増強を要求しています。新しい基幹技術の開発なしに産業界の発展もあり得ない、との考えがこの動きに表れているようです。

 

米国に先立ち、ILC特定予算の凍結を表明した英国についても、米国と同様に予算超過が原因となっています。英国でのILC関連の研究をコーディネートしてきた、リニアコライダー英国共同研究グループは1月中旬に開催された総会で、別ソースの資金をできるだけ使って、英国のILC研究への関わりを続けて行くことで合意しました。この動きには、英国科学技術施設審議会(STFC)も同調しています。また、英国は、第七次欧州研究枠組み計画(FP7)の中で引き続きリニアコライダー研究の共同提案国の一つとなっており、この枠組みでのILCプロジェクトへの参加を継続して行きます。

 

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ILC欧州地域ディレクター、ブライアン・フォスター氏

注目すべき点は、STFCの予算凍結の決定は、ピア・レビュー・プロセスと呼ばれる専門家による評価を経たものではない、ということです。ILCの欧州地域ディレクターであるブライアン・フォスター氏は、「ILC研究の価値、もしくは素粒子物理研究の次のステップとして国際的に合意されているILCの位置づけについて、異議を唱える専門家はいません。つまり、今後数年続くと想定される予算不足対策として、やむなくILC予算凍結の決定に至った、ということです」、と述べています。

 

 

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GDEプロジェクトマネジャー、山本明

米国、英国における研究開発活動が減速することは、実質上避けられないことです。しかし、ILC国際共同設計チーム(GDE)プロジェクトマネジャーの山本明氏は、「もう一度全体的な研究開発活動を見直し、世界で重複して行われている活動を整理することによって、真の国際協力プロジェクトへ近づく良い契機になる、とも考えられます」と語っています。

 

※テラ・スケールとは、ILCなど次世代の加速器を使って到達しようとしているエネルギー領域のことで、そこを調べることによって、「物質は何からできているのか?」といった宇宙の根源的な謎が解明されることが期待されています。