英国・米国のILC関連予算削減

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昨年末、国際リニアコライダー(ILC)の国際協力研究体制を揺るがしかねない、大きなニュースが相次いで舞い込みました。

 

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英国STFCの報告書

12月11日、英国の科学技術施設審議会(STFC)は、ILCを含む、複数の物理学・天文学プログラムに対する、予算打ち切りを発表しました。STFCは、旧素粒子天文学研究審議会と旧中央研究所審議会が合併した組織。現在8000万ポンドもの赤字を抱え、予算危機に直面しています。STFCは、既にハワイのジェニミ天文台プロジェクトからの撤退も決定しており、国内の大学や研究機関に配分している科学研究予算に関しても、前年比20%以上もの大幅削減を行うとの見通しです。今回の科学関連予算の大幅削減の背景にあるのが、当初見積もりを大幅に上回る見通しとなっている、建設中の大型放射光施設「ダイヤモンド・ライト・ソース」の維持運営費です。英国の関係者は、ILCはまだ計画段階の構想であるため、予算削減の影響を特に受けやすい位置にあったとの見方を示しています。

 

英国の予算削減のニュースが発表された翌週、2008年米国会計年度(FY08)包括歳出法案が議会を通過しました。この法案の中で、ILCの技術開発予算について、2007年2月に提出されたFY08の大統領予算教書での6000万ドルから、その4分の1にあたる1500万ドルまでの大幅な引下げが決定されました。さらに、ILC実現に向けた技術開発に関連する超伝導技術開発予算についても同様に、当初提示の4分の1レベルまで削減されました。2007年10月に始まっていた米国の会計年度は、すでに3ヵ月を経過しており、割当額1500万ドルの大部分はすでに執行済みと考えられ、米国フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)、米国スタンフォード線形加速器センター等、米国の各研究機関、大学における本年度のILC関連活動は停止されました。

今回の予算削減の背景にあるのが、大統領予算教書には記載のなかった新たな支出項目。それらの加算のために予算総額が膨れ上がったことにより、米国の科学関係予算、特に米エネルギー省の管轄する新しいプロジェクトが削減対象となったと見られています。議会はまた、Fermilabで行われているNOvAニュートリノ実験と、国際熱核融合実験炉(ITER)の全予算削減も決定しています。

 

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予算削減を受けて開かれたFermilabでの会議で発表するFermilab所長・ピア・オドーネ氏

今回の予算削減は、2007年2月に完成した基準設計報告書を元に、工学設計に着手し、必要な技術開発と工業化に向けた開発を行うための計画を練り上げたところに突然報じられたもの。北米、ヨーロッパ、アジアの3極が協力関係を更に一層強化すべき時であるだけに、英国、米国におけるILC関連予算の削減の影響が憂慮されるところです。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の野崎光昭氏は、「日本でのILC関連の研究開発は、超伝導加速器技術など、将来的に幅広い応用が期待できる先端加速器技術開発として進められています。従って、英米のILC予算削減が日本の今後の予算措置に直接影響を及ぼすことはないでしょう。これまでの研究開発の基本方針を変える必要はないと考えています」と述べています。今回の予算削減の原因は、英米においてILCの学術的な意義が否定されたからではなく、また解決の見通しが立たないような技術的障害が見つかったからでもありません。「英国米国以外の各国が大きな影響を受けることはないでしょう」(野崎氏)。両国の科学技術予算が見直され、再度ILCの技術開発活動が開始されることも十分に考えられるのです。

 

KEKでは、ILC実現の鍵となる、汎用性の高い基盤技術である「超伝導加速装置の開発」と「ナノ※ビームの生成・制御技術の確立」に重点を置き、今後5年程度で技術の確立と工業化を目指した開発に取り組んでいます。KEKの先端加速器試験施設(ATF)は、ナノビームの生成・制御技術に特化した世界で唯一の装置で、すでに世界中から多くの研究者が来訪して共同研究が推進されています。また、超伝導加速装置の開発については、2008年中の基盤整備完了が予定されており、次フェーズに向けた設計が進められています。「今後の英米の動きを冷静に見守るとともに、日本においては、他の参加各国と協力して着実に研究開発を進めるべきであると考えています」(野崎氏)。

 

英国では、今回の予算削減に反対するインターネット上の請願書「e-petition」が1万人を超える署名を集めており、米国では、来年度予算獲得に向けた活動が開始されています。両国のILC予算削減をめぐる今後の動きは、まだ流動的であるといえるでしょう。国際協力で推進しようとしているILCの研究開発に、英国、米国が一刻も早く復帰することが期待されます。

 

※“ナノ”とは10億分の1、つまり1メートルの10億分の1の長さ=100万分の1ミリ