ノーベル賞科学者らと2009アジアサイエンスキャンプに参加した学生たち。最前列左から:鈴木厚人氏(KEK機構長)、古在由秀氏(群馬県立ぐんま天文台長)、李遠哲氏(1986年ノーベル化学賞受賞)、田中耕一氏(2002年ノーベル化学賞受賞)、小柴昌俊氏(2002年ノーベル物理学賞受賞)、楊振寧氏(1957年ノーベル物理学賞受賞)、江崎玲於奈氏(1973年ノーベル物理学賞受賞)、小林誠氏(2008年ノーベル物理学賞受賞)、 ラジャゴパラ・チダムバラム氏(インド主席科学技術顧問)
8月2‒8日、平成基礎科学財団、高エネルギー加速器研究機構(KEK)および東京大学素粒子物理国際研究センター主催の「2009アジアサイエンスキャンプ」がつくば国際会議場で開催された。講師には、アジアのノーベル賞学者7名を含むアジア有数の科学者たちという超豪華な顔ぶれ。物理、化学、生物学、天文学など、多岐にわたる分野の授業が実施された。合計19の国、地域から、高校3年生から大学生の182名が参加。世界的な科学者と直接議論するという貴重な機会を享受した。
アジアサイエンスキャンプは、2007年に台湾、2008年にインドネシアで開催され、今回が3回目。李遠哲博士(1986年ノーベル化学賞を受賞)と小柴昌俊博士(2002年ノーベル物理学賞を受賞)が、2005年に参加していたリンダウ・ノーベル賞受賞者会議中に発案し、実現したもの。リンダウ会議は、ノーベル賞学者と科学研究を目指す若者との間の橋渡しをすることを目的としてドイツで開催されている会議で、すでに50年以上の伝統を持つ。「リンダウ会議は素晴らしい会議ですが、残念なことに参加しているアジア人学生の数が非常に少ない。そこで、この会議をモデルに、アジアでキャンプを開始しようと、このキャンプを発案したのです」と李氏は語る。リンダウ会議は、その対象者が博士課程学生又はポスドク研究者とハイレベルだが、アジアではもう少し若い層まで取り込むことを目指して、募集対象は高校生以上。今年の最年少参加者は、飛び級システムを導入しているインドからの、13歳の大学生だという。「アジアの若い人に、本物の基礎科学がいかにやりがいのあることかを伝えたいのです。どんなに難しい研究でも、自分が本当にやりたいことであれば、どんな困難でも乗り越えられるもの。若い人たちが、いろいろな人と議論して、いろいろなことを試して、自分のやりたいこと、やれることを見つけて欲しい。夢を抱かなければ何も始まらないのです」。小柴氏は、このキャンプが、若者の「夢のスタートライン」になることを望んでいる、と語る。
李氏の研究拠点は米国だった。米国から台湾に里帰りする際に、周りの研究者から「すぐにアメリカに戻って来たくなるよ」と言われたという。台湾には良い研究をする環境が無いから、研究環境の整っているアメリカに戻るだろう、という意味だ。「日本以外のアジアの国は、確かに環境が整っているとは言えません。これからは、アジアでも一流の研究ができるようにしたいと考えています」(李氏)。20世紀、基礎科学の進歩は欧米に牽引されてきた。小柴氏は、研究環境を整備し、アジア全体で基礎科学研究の機運を高めていくことが大切だと強調する。そのキーとなる施設が、実現に向けて研究開発が進んでいる国際リニアコライダー(ILC)。宇宙の起源の謎を解明することが期待される大型の電子陽電子衝突加速器である。小柴氏は、「21世紀はアジアが基礎科学の発展に貢献できるようにしたい。そのためにもILCをアジアのどこかに招致することが私の夢です」と語る。
キャンプに集まった高校生、大学生たちは、ノーベル賞受賞者からの講義をはじめとする充実した7日間のプログラムを無事終了。3日目に当たる5日(水)は岐阜県神岡のカミオカンデ、つくば市内のKEK、産業技術総合研究所、宇宙航空研究開発機構など、日本を代表する研究所の見学ツアーが組まれた。なかでも、カミオカンデ見学は、往復19時間を超える日帰りバスツアーという強行軍。「朝5時半に出発してかえって来たのは、午前1時を回っていました」と語るのは、R. Rajapaske君(コロンボ大学)。「カミオカンデは世界でも珍しい実験施設。この機会にぜひ見ておきたいと思い、カミオカンデ見学を希望しました。とてもエキサイティングな一日でした」。最終日の迫る7日(金)には、キャンプの成果を発表する場となる「ポスター発表」が行われた。ノーベル賞科学者らの講義には、それぞれいくつかのキーワードが付与されており、参加学生たちは、聴講後に興味をいだいた講義のキーワード3つを選び、同様の興味を持つ学生4~5名のグループに分かれてポスターを制作した。
このポスター発表は、天皇皇后両陛下もご視察された。両陛下は、同日行われた送別パーティにも参加され、学生たちとお言葉を交わされた。天皇陛下と話したHasan Siddiqueeくん(ダッカ大学)は、「私がバングラディッシュから来たと答えると、両陛下がご訪問された時のお話をして下さいました。なので、もう一度来て下さいと、お願いしました」と興奮気味に語った。また、Assem Smagulova(Murager専門高校)さんは、「皇后陛下はとてもフレンドリーできさくにお話しして下さいました。こんな機会が持てて光栄です」と語った。天皇皇后両陛下は、KEKも訪問され、KEKB加速器、Belle測定器などを見て回られた。
次回のアジアサイエンスキャンプはインドで2010年に実施される予定。「いろいろな国で開催していくうちに、各国で独自のサイエンスキャンプが企画され、普及していくことを望んでいます」と、李氏は今後の展望を語った。
写真提供:2009アジアサイエンスキャンプ事務局