国際リニアコライダー(ILC)は、超伝導加速技術で電子と陽電子のビームをほぼ光の速さまで加速する。この技術を実現するためのキーとなる要素が超伝導加速空洞だ。これまで、米欧日が中心となって進められて来たこの超伝導加速空洞の研究開発が、現在、インド、韓国、中国など、アジアの国々でも精力的に進められている。
加速器の性能を表す指標のひとつが「加速勾配」。ある決まった長さで加速して得ることのできるエネルギーのことだ。7月1日、中国科学院・高能物理研究所(IHEP)の科学者が高エネルギー加速器研究機構(KEK)を訪れ、中国製超伝導加速空洞の性能試験を行った。「結果は1メートル当たり20メガ電子ボルト。決して満足できる数字ではありません」と語るのは空洞の製作チームの一員であるIHEPの研究者、李中泉(LiZhongQuan氏だ。この空洞は中国で初めて製作された低損失型の9連空洞。今回の測定結果を楽しみにしていていた中国の研究者たちは、早起きをしてメールチェックをしたという。「結果にはまだ納得していませんが、初めての空洞で一定の成果が得られたことは、中国の空洞製作技術にとって大きなステップだと考えています」と李氏は身を引き締める。
ILCの設計加速勾配は1メートル当たり31.5メガ電子ボルト。基準設計で採用されているTESLA型と呼ばれる空洞の理論的な限界が41メガ電子ボルトであると考えられており、31.5メガ電子ボルトはチャレンジングな数字だ。加速勾配が大きいと同じ長さの加速器では大きなエネルギーのビームを作り出すことが可能となり、ある一定のエネルギーのビームを作る場合には加速器の長さが短くて済む。目標とする加速勾配が実現できないと、加速器が大きくなってしまうため、高い加速勾配の実現に向けて研究が進められているという訳だ。
今回中国でつくられた空洞は低損失型と呼ばれるもの。TESLA型とは異なる設計思想に基づいて設計・製作されており、2005年には単セルの試験結果ではあるが、KEK製の低損失型空洞がTESLA型の理論的限界値を超える1メートル当たり47.3メガ電子ボルトの記録を達成している。「IHEPはKEKの低損失型空洞の専門家である齋藤健治氏との密接な協力のもと、この空洞を完成させました」と来日中のもう1人の研究者、翟纪元(ZhaiJiyuan)氏が語るように、中国の空洞開発はKEKとの密接力のもと進められている。空洞の製作は2008年末から本格的に開始した。空洞製造と並行して、IHEPでは現在空洞製作に必要な大小様々な施設を急ピッチで整備している。「これらの施設整備にも、KEKから大きな協力を得ることができました。新しい空洞、新しい施設、新しい人、新しい経験─とにかく新しいものづくしのあっという間の一年でした」と翟氏は振り返る。
中国製空洞のもうひとつの特徴はその素材だ。「ラージグレイン」とよばれる結晶粒の大きなニオブ素材が使われている。ILCの基準設計では結晶粒の細かいスモールグレインの素材が採用されている。スモールグレインのひとつひとつの結晶の大きさはミクロン単位、対するラージグレインは数10ミリメートルから100ミリメートル程度にも及ぶ。金属材料中の原子は規則正しく並んでいるが、大きな塊が全て同じ子配列を持っているわけではなく、結晶粒とよばれる一定の配列を持つ領域が多数集まった構造になっている。この結晶粒の境界が「結晶粒界」だ。空洞内の原子配列が乱れた領域とも言える。「これまでの研究開発や性能試験の結果から、結晶粒界によって加速勾配が制限されている可能性がでてきました」。加速空洞の素材として、スモールグレインよりもラージグレインのほうが有利になるかもしれない。「そこで、IHEPでは素材にラージグレインを使うことにしたのです」と翟氏は言う。この中国製の空洞は、見た目も他の空洞と異なり貴金属ジュエリーのような光沢がある。「この素材は、中国国内のメーカーが精製したもので、素材自体がぴかぴかしているのです」。
「空洞中央部の3つのセルは、1メートル当たり32メガ電子ボルトの加速電界に達しています。今後の調整作業でこの空洞は、1メートル当たり30メガ電子 ボルト以上の高い加速勾配に到達できると思います」と、翟氏は言う。中国チームは今回の測定後、加速勾配を制限した原因を特定するために、京都大学と KEKの研究チームが共同開発した特殊なカメラを使って、内部の空洞表面の検査を行った。今後、検査結果に基づいて不具合部分に手直しを入れた後、2回目の試験を計画している。