神の粒子はどこにある?

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ヒッグス(H)とZ粒子(Z0)が同時につくられる素粒子反応図。左がテバトロンで右がILC。

物理学者が必死になって探している粒子の一つがヒッグス粒子。質量の起源を担うとされる粒子だ。ヒッグス粒子は、ほぼ100年かけてつくりあげてきた素粒子物理学の理解が正しいかどうかの試金石となる。別名「神の粒子」とも呼ばれるヒッグス粒子の「隠れ家」を突き止めるべく、物理学者たちは捜索範囲をじわじわと絞って来ている。去る7月にパリで行われた素粒子物理学最大の国際会議「ICHEP」で、これまで想定されていた範囲を、さらに25%狭めることができたとする実験結果が発表された。

物理学者が使う捜索の道具が「加速器」だ。今回発表された新しい結果は、米フェルミ国立加速器研究所のテバトロン加速器の研究から導き出されたもの。二つの測定器「D0(ディーゼロ)」と「CDF」のデータを分析した結果だ。では、ヒッグスの居場所はどのようにして突き止めるのだろうか?そして「捜索範囲」はどうやって決まるのか?

加速器は粒子を加速することによって「高エネルギー状態」をつくる装置だ。粒子にエネルギーを与えると、どんどん速度が上がっていく。しかし、速度には限界があり、この世にあるなにものも光の速さを越えることはできない。そのため、粒子を光速近くまで加速すると、速度が上がる代わりに粒子はエネルギーを溜め込み「高エネルギー状態」となるのだ。「加速器の種類や性能によってつくることのできるエネルギーの高さが変わってきます。その加速器の作ることのできるエネルギーの範囲を『エネルギー領域』と呼んでいて、これが『捜索範囲』にあたります」と、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の藤本順平氏は語る。

加速器の技術進歩につれ、捜索できるエネルギー領域が拡大されて来た。最初につくられたサイクロトロン加速器がつくることのできたエネルギーは13キロ電子ボルト※1だった。その後、加速器は徐々にエネルギーを上げて、テバトロンの衝突エネルギーは、約2テラ(2兆)電子ボルト。そして現在稼働中の最大の加速器、大型ハドロンコライダー(LHC)は、なんと14テラ電子ボルトの衝突エネルギーに達する予定だ。

「宇宙が誕生した直後、ビッグバンの頃の宇宙は超高温、超高エネルギーの状態でした。その頃は、今は自然の状態では存在しない素粒子だらけであったと考えられています」。その後、宇宙は膨張してだんだんと冷えて宇宙のエネルギー状態が変わり、それにつれ素粒子はその姿を変えて来て今の姿になった。「加速器は、そのマシンがつくるエネルギーと同じ状態だった時の宇宙に存在していた素粒子を創り出すことができるのです。逆に、そのエネルギーで創ることができなかった素粒子は、そのエネルギー領域には存在しない、ということです」(藤本氏)。

こうして、ひとつの加速器がカバーできるエネルギー領域=捜索範囲をくまなく調査して、隠れた素粒子の居場所をつきとめる。技術進歩に従って、加速器のエ ネルギーはだんだんと高くなって来たので、捜索範囲は、低いエネルギー領域から高いエネルギー領域へと広げられて来た。「ここで重要な点は、ヒッグスの質 量によってヒッグスが変化する粒子の種類も変わることです。そのため、軽いほうが必ずしも見つかりやすいというわけではなくなってきます」と藤本氏は語 る。ヒッグスは未発見。つまりその質量もわかっていない。CMにも登場しているアインシュタインの最も有名な方程式「E=MC2」※3は、エネルギーが質 量と光の速さの二乗に比例するということを表した数式。つまりエネルギー=質量と考えることができるというわけだ。つまり、素粒子が見つかったエネルギー 領域がその素粒子の質量となり、単位は「電子ボルト」で表されている。「衝突でつくられたヒッグスはすぐに他の粒子に変化します。ヒッグスの質量が140 ギガ電子ボルトぐらいまでなら、bクォークと反bクォークに変化しやすく、もっと重ければ、W+粒子とW-粒子に変化したり、2つのZ粒子に変化しやすい のです。陽子や反陽子のかけらの中からは、WやZを見つけるほうがbクォークより見つけやすいので、必ずしも軽いほうが見つけやすいわけではない、という わけです」。テバトロンで見つけやすいのが158から175ギガ電子ボルトの間の質量(エネルギー)の粒子。稼働を開始した1985年から23年間蓄積さ れたデータの分析で、このエネルギー領域からはヒッグス粒子の反応が確認できなかったため、この範囲には95%の確率でヒッグスは存在しない、と発表され たのである。

 

残る捜索範囲は114~158ギガ電子ボルトまでと、175~185ギガ電子ボルトだ。114~158ギガ電子ボルトの範囲は、粒子が創られやすいが見つけにくく、ヒッグスが質量175~185ギガ電子ボルトの重たい粒子だとすると、非常に創られにくい。まだ運用が続くテバトロンは、ますますその捜索範囲をせばめていくだろうし、動き始めたLHCは、衝突エネルギーがより高いため、テバトロンによる捜索に迫る勢いを見せている。

それでは、ILCの役目は?ILCは素粒子である電子と陽電子を衝突させヒッグスとZ粒子を創る。テバトロンと異なるのは、ヒッグスが何に変化しようと、その粒子をとらえることがとても容易なことだ。電子と陽電子は完全に消滅してしまい、観測するのは、ヒッグスやZが変化した粒子だけだからだ。ILCはヒッグスを見間違えることがないため、ヒッグスの数々の性質を高精度の統計で決定できるのだ。ヒッグスは本当にクォークや電子などの質量の源なのか?ヒッグスとヒッグスが反応する強さはどれらいなのか?ILCは、ヒッグスの細かい性質まで明らかにすることが期待されているのだ。

※1 1ボルトの電圧で加速された時に電子が得るエネルギーの大きさが1電子ボルト。

※2 以下の資料を参考に作成した。http://www.fnal.gov/pub/presspass/press_releases/Higgs-mass-constraints-20100726-images.html※3 素粒子が止まって出来るエネルギーと質量の関係を表す式。