加速器図鑑:電子銃

コラム

009_s広島大学、原子力研究開発機構、名古屋大学、KEK の共同開発による最新型の高性能な電子銃。分割型セラミックと呼ばれている部分が絶縁体。この絶縁体をはさんで陰極(カソード電極)と陽極(アノード電極)との間に500kV という高電圧がかけられる。電子銃の全長は約1m。全長31km のILC 全体から見ればとても小さな部品だが、これがなければ始まらない。

電子加速器の始まりは電子銃である*1 。電子銃は電子ビームを出すための源となる装置である。電子を打ち出すという意味から銃と呼ばれている。電子ビームをどうやって打ち出すのだろう。金属や半導体など物質中から電子を取り出すのである*2。すべての物質は原子核と電子とで出来ているので、その中からまとまった量の電子を取り出して一方向に向かって加速してやればビームとなる。つまり電子銃は小型の加速器でもある。

電子の取り出し方にはいくつかの方法があるが、ここではILC で使われる光電効果を使った方法について解説する。光電効果とは、金属などの物質に光を当てると光からエネルギーをもらった電子が物質中にとどまっていられなくなって飛び出してくる現象である。光電効果という現象の理解が、量子力学が形作られる過程で大きな役割を果たした。1905 年にアインシュタインは、 光は波としての性質を持つと共に、粒(量子)としての性質もあわせ持つという光量子仮説を提唱してこの現象を理論的に説明した。アインシュタインはこの業績で 1921年にノーベル物理学賞を受賞している。ILC の場合は電子銃の中の陰極と呼ばれる部分にレーザー光を照射し毎秒約130 兆個もの電子を取り出す。こんなにたくさん取り出しちゃって陰極の物質はどうなっちゃうのか?どんどんプラスになるのか?大丈夫、陰極との名が示すように、ここは電源のマイナス側につながっていて、そこから電流として電子がドンドン補給される。取り出された電子は高い電圧で加速される。例えば図の電子銃では500 キロボルト(kV)という高電圧が陰極と陽極の間にかかっていて、この高電圧によって電子はビームとして一方向に打ち出される。

話は変わるが今でも一家に一台は電子銃がある。え!我が家にはそんなものは無いよ、と言う人は多いと思うが、テレビや電子レンジの無い家庭は少ないと思う。今のテレビはすっかり液晶ディスプレーになってしまったが、一昔前はテレビにはブラウン管という大型の真空管が使われていた。これは電子銃から電子ビームを打ち出し、それをスクリーンに当てて光らせて絵を表示する装置である。電子レンジにはやはり小型のマグネトロンと呼ばれる電子銃が内蔵されていて、それが発生する強力な電磁波で水分を含む食品を加熱する。電子銃は、他にも電子顕微鏡、電子ビーム溶接、通信放送電波発生、ガン治療など、研究や産業、医療などの様々な分野で大活躍している。加速器の応用範囲は極めて広い。

*1 LHC や大強度陽子加速器施設(J-PARC)などの陽子の加速器ではもちろん電子銃は使わない。まったく別の仕掛けで陽子を発生させる。
*2 ILC では電子と陽電子を衝突させる。では陽電子ビームはどのように発生させるのか。陽電子は物質の中には無いので取り出すわけにはいかない。これについてはILC 通信 55 号の巻頭記事「陽電子の作り方」を参照。