素粒子物理学の研究には、大型の研究施設が必要となる。より小さな世界を詳細に調べるために、実験装置は大規模化してきた。今では一国では維持することが難しい規模にまで施設が大きくなり、国際協力での研究推進が当たり前になっている。これは、世界的なコスト分担が必要であるという理由の他に、素粒子物理学の研究が、世界の知の共有資産を生むものである、という認識を各国が持っていることを意味する。そこで重要になってくるのが、各国・地域での科学計画の動向だ。大きな計画を実現させるためには、国内のみならず、世界の足並みが揃うことが必要なのである。
欧州では、定期的に欧州全体の素粒子物理学の推進計画「欧州戦略」が議論される。今年5月、最新の欧州戦略が欧州合同原子核研究機関(CERN)理事会からの承認を受けた。昨年7 月のヒッグス粒子発見を受けて、その詳細研究をいかに進めていくかが大きな焦点であった。トッププライオリティには、ヒッグスを発見した大型ハドロンコライダー(LHC)のアップグレードが挙げられた。LHC には欧州は大きな投資を行っており、成果を出しているLHC を最大限活用するのは当然の流れと言えよう。ILCについては、日本における取組みへの歓迎の意と、欧州研究者の参加の意思が示された。ここで重要なのは、CERN 理事会は、研究者のみの組織ではない、ということだ。参加各国の政府担当者も戦略策定に参加しており、この戦略は各国政府のコミットメントとも言えるため、ここに日本でのILC 計画に対する言及があったことの意義は大きい。
米国の素粒子物理学の将来計画は通称「スノーマス会議」で議論される。この会議は、米国物理学協会の素粒子物理学部門によって企画されるもの。公式会議名は「研究者グループ夏の研究会 2013」である。しかし、かつてコロラド州スノーマスで3週間のワークショップとして開催されていたことから、今でも「スノーマス会議」と呼ばれている。今回の会議では、エネルギー、インテンシティ、宇宙の各フロンティアをテーマに、数十回におよぶプレ・スノーマス会議を実施するという新たな形式で行われた。これまで9 ヶ月間にわたってじっくりと行われてきた一連の議論の締めくくりとなる会議が、7 月29 日~ 8 月6 日、ミシシッピ州で行われた。ここでも、欧州戦略同様に、日本におけ るILC の取組みについてポジティブなメッセージが発信されたのである。
この会議は、現在挙げられている素粒子物理、加速器科学の計画についてプライオリティを設定するものではない。個々の計画について、現状や可能性、推進の意義が詳細に検討された。
会議では、「ヒッグス粒子が発見された現在、あらゆる手段を使ってその性質を詳細に調べるべき」ことが再確認されたが、議論の焦点は、そのためにどのような加速器を使うべきかであった。会議では、広範な選択肢について議論が行われた。LHC のルミノシティ・アップグレード(HL-LHC)、円形の電子- 陽電子コライダー、周長80 ~ 100 キロメートルの新しいトンネルによる、より高いエネルギーの陽子- 陽子コライダー、貯蔵リング内でミュオンと反ミュオンを衝突させる新技術、そして、線形電子- 陽電子コライダーであるILC とCLIC だ。議論の結果、今後10 ~ 20 年の現実的な計画として、HL-LHC とILC という、2 つの計画が有望であると結論付けられた。
また「 高エネルギー加速器施設」のまとめセッションでは、発表資料の1 ページが「We welcome the initiative for ILC in Japan( 日本におけるILCに向けた取組みを歓迎する)」と題された。発表を行ったマサチューセッツ工科大学のウィリアム・バーレッタ氏は、「米国の加速器研究コミュニティは、この計画に貢献することが可能です。ILC の設計は技術的に完成しており、私たちは経験があり、準備もできています」と明言した。スノーマス会議の結果は、報告書としてまとめられ、米国政府のもとの高エネルギー物理学に関する諮問委員会へと提案されることになる。
アジアでも、アジア将来加速器委員会(ACFA)と、アジア太平洋高エネルギー委員会(AsiaHEP)が、9 月3 日に声明を発表。「AsiaHEP とACFA は、次世代の素粒子物理の課題を解決する電子・陽電子衝突加速器として、ILC が最も有望な加速器であることを確信する」としたうえで、「AsiaHEP とACFAは日本の高エネルギー物理研究コミュニティによる、日本におけるILC ホストへの取組みを歓迎する。日本政府から、ILC プロジェクト開始の提案があることを心待ちにしている」と、日本への期待を表明した。
ILC 計画を推進する国際組織「リニアコライダー・コラボレーション(LCC)」のディレクターであるリン・エバンス氏は「日本はこれまで世界のプロジェクトの成功に大きな貢献をしてきた。世界からの信頼がある。日本には次のリーダーシップを執る資格がある。ILC は大きなチャンスだ」と、日本でのILC 建設に期待を寄せる。文部科学省から諮問を受け、ILC の意義等を検討している日本学術会議の専門委員会は、9 月末頃報告書をまとめる予定だ。国際協力での技術設計書など研究者中心でやるべき部分に関しては準備が進んでおり、次の段階となるのが、政府レベルの国際協力体制構築だ。今秋以降の、ILC をめぐる日本の動きに、世界からの注目が集まっている。