米国、ILCの意義と価値を再確認

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内閣府ホームページには「科学技術は国力の根幹であり、未来を切り拓く鍵です」と記されている。日本と同様に、世界各国でも科学技術政策を国家の重要事項と位置付けている。科学技術政策によって推進される研究開発活動は、多様な科学成果を産み出す。そしてその成果は、新しい材料や製品の開発、新産業の創出といったイノベーションにつながり、国家の経済力や国際競争力、ひいてはその国の国際的なプレゼンスに大きく影響を与えるからだ。

今年5 月、米国の素粒子物理研究の方向性を定める、通称「P ファ イブ(P5)レポートが承認された。P5 とは「Particle Physics Project Prioritization Panel(素粒子物理プロジェクト優先順位決 定委員会)」の頭文字で、その名の通り、米国が推進すべき素粒子物理 学研究プロジェクトを選定し、その優先順位付けを行う委員会。米国 のこの報告書は、国家の素粒子物理研究の方向性を定める重要な意味 を持つ。そしてその内容は、ILC にとっても非常に大きな前進となる ものであった。

今回のレポートの前にP5レポートが公表されたのは2008年だった。 2008 年のP5 レポートでは、前年に公表された基準設計報告書記載の 建設コストが想定より大きく、建設遅延への懸念が示された。一方で、 大型ハドロンコライダー(LHC)実験から、次期加速器として500 ギ ガ電子ボルト(GeV)より低いエネルギーの加速器がふさわしいとい う結果が出た場合は、ILC が最も成熟した設計で、10 年以内に建設開 始が可能なプロジェクトであるとも評価していた。しかし、このレポー トが公開された半年後、米国のILC の予算は一気に4 分の1 までカッ トされてしまう。当時の米国のイラク戦争への大規模な予算拠出が主 な原因だ。この時には、ほぼ全ての新規の科学技術予算関係予算が大 幅に削減され、事実、国際公約されていた国際熱核融合実験炉(ITER) への予算拠出までもが停止されたのである。

2008 年以降、予算上は一見完全にストップしたかに思えた米国の ILC 関連研究開発であるが、ILC の科学的意義は引き続き高く評価さ れていた。そのため、政権交代後には超伝導加速器の予算は大幅に増 加され、さらにILC 予算の復活もあり、2013 年6 月に技術設計報告 書(TDR)が完成するまで、米国の技術開発は大きな進展を遂げてき た。しかしながら、TDR 完成後は「当初の目的を達成した」と言う理 由で米国のILC の活動は、事実上ほぼ停止していた。

前回の P5 レポート後の5 年で、素粒子物理研究の世界ではヒッグス粒子の発見をはじめ、非常に大きな前進があった。そして、これら の成果をより詳細に研究し、さらに新しい発見を導くのにふさわしい 加速器がILC であることが確認されたのである。

今回のP5 レポートでは、 ILC の科学的意義を「極めて大きい」とし、 ヒッグス粒子、ダークマター、そして未知の発見に向けて、アップグレー ドされたLHC と相補的な役割を担う加速器となると評価した。また、 「ILC の科学的重要性と最近の日本におけるILC ホストに向けた動き を鑑み、米国は、米国の重要な専門知識を活かすことが可能な分野に おけるILC 加速器と測定器の設計に、ある程度の適切なレベルで予算 措置を行うことが望ましい。ILC 計画に進展があった場合には、より 高いレベルでの協力を検討するものとする」と記述している。

ここに見られるのは、米国の「高エネルギー物理」に対する立ち位 置の変化だ。米国は、高エネルギー物理の全ての面で世界を牽引する リーダーとなるよりも、グローバルな研究コミュニティでの役割分担 をはっきりさせ、その中で米国の得意分野に注力する「研究のグロー バル化」へと方針転換したことを明確に示したのである。米国の研究 者コミュニティは、日本におけるILC の実現に向けて、米国内での加 速器と測定器のR&D が続行するとしている。さらに、日本政府の意 志が確認され次第、米国のILC への取組みについて再検討し、日本で の建設が決定した暁には、ILC に本格的に参加したいと意気込んでい る。

米国のみならず、グローバルな研究者コミュニティにも動きがあっ た。7 月6 日、高エネルギー加速器の建設や利用における国際協力、 超高エネルギー加速器施設の建設に必要な技術についての検討などを 行う組織である、国際将来加速器委員会(ICFA)は「国際リニアコ ライダー(ILC)計画への支持、欧州・アジア・米国の将来戦略の承認、 及び円形加速器の将来構想に関する国際的な検討活動の推進」に関す る声明を公表した。ここで ICFA はILC 計画への支持を改めて表明 し、かつその技術が成熟した段階に到達している事を確認したのであ る。この声明では同時に「LHC のエネルギーを大きく凌ぐ陽子- 陽子 衝突型加速器を究極的目標とする円形加速器構想の国際的な検討活動 の推進」も引き続き奨励している。次期に推進すべき「プロジェクト」 としてのILC と、将来に向けて検討(study)すべき構想を明確に区 別したことも、この声明のポイントである。

この声明は、P5 レポート発表後以降初となるICFA の会合で公表 された。アジアや欧州でも、P5 レポートと同様の素粒子物理学の将来 戦略がすでに発表されているが、これら3 地域の戦略は共通した優先 的研究課題を挙げている。ILC もその一つだ。これらの優先課題は、 世界の素粒子物理研究コミュニティによる慎重な検討の行程を経てま とめられたもので、各国政府の科学政策立案における重要な指針とな るものだ。

よりグローバルになる世界の素粒子物理学研究。その中で日本が果 たす役割は、より重要になってきている。