1995年、米国の物理学者マーチン・ルイス・パール博士は、同国の物理学者フレデリック・ライネス博士と共に「レプトン物理学の先駆的実験」という理由でノーベル物理学賞を受賞しました。パール博士は現在標準理論の枠組みで現在はタウ粒子と呼ばれる荷電レプトン粒子を発見した功績に対して、一方、ライネス博士はこれも標準理論の中では電子と対になって存在し、電荷を持たない中性のレプトンである電子ニュートリノの実験的検出の功績に対してでした。1975年、パール博士のグループは、”Evidence for Anomalous Lepton Production in e+e-Annihilation(e+e-消滅事象における異常レプトン生成の証拠)”という題で スタンフォード線形加速器センター の SPEAR 電子陽電子衝突型加速器を用いた実験から 「電子(陽電子)、反μ粒子(μ粒子)と2個以上の測定にかからない粒子」 の64生成事象を論文で発表しました。このような事象は当時知られていた素粒子の反応からは考えられないので、 電子(μ粒子)+電子ニュートリノ(μニュートリノ)+ ニュートリノへと崩壊できる電子、ミュー粒子に次ぐ 第三の荷電レプトンの存在を示唆しました。 この新しく提唱された荷電レプトンが、現在の標準理論で知られているタウ粒子です。
上記の現象を現代の知識で表せば、電子陽電子対消滅からのタウ粒子の対生成に続くタウ粒子と反タウ粒子の崩壊事象、(電子と陽電子の衝突)→ (タウ粒子と反タウ粒子の生成)→(μ粒子と電子、タウ・ニュートリノ、反タウ・ニュートリノ、反ミュー・ニュートリノ+反電子ニュートリノへの崩壊)という反応です。
タウ粒子は、素粒子標準模型に現れる素粒子の一つです。 標準模型においてレプトンは、電荷を持った荷電レプトンとニュートリノのペア3つで構成されており、 荷電レプトンの質量の軽い順に電子・電子ニュートリノ対の第一世代、ミュー粒子・ミューニュートリノ 対の第二世代、そしてタウ粒子とタウニュートリノ対を第三世代と呼びます。クォークが強い相互作用に反応するのに対し、レプトンは強い相互作用に反応せず、電荷を持つ電子、ミュー粒子とタウ粒子は電磁相互作用と弱い相互作用に反応します。
タウ粒子は強い相互作用をしないため、強い相互作用に特徴的なクォークが複合して構成される、バリオン(重粒子)やメソン(中間子)といったハドロン(強粒子)を大量に含む複雑な事象(ジェット)にならないので、タウ粒子の生成事象やタウ粒子の崩壊事象の観測はクォークに起因する事象に対して、とても「クリーン」なものになります。 タウ粒子の崩壊事象に着目することで、 タウ粒子から弱い相互作用を媒介するWボソンを経由して生成されるハドロン粒子の性質をきれいな状態で調べることができます。 タウ粒子はハドロンに崩壊するのに十分な質量を持った唯一のレプトンです。