ノーベル賞受賞者小柴昌俊先生を偲んで

ILC ニュースライン

※この記事は、2020年12月24日に発行されたILCニュースラインの翻訳記事です。

小柴先生(中央)と山田氏(右)。1975年夏撮影。

2002年に宇宙ニュートリノの検出によりノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生が2020年11月12日94歳でお亡くなりになりました。小柴先生は、太陽ニュートリノや超新星ニュートリノの観測やカミオカンデで知られていますが、日本ではe+e-コライダー物理学の研究を始めた物理学者としても知られています。1960年から70年代、80年代にかけて、若い世代の科学者グループを結成し、国際共同研究としてe+e-コライダーの様々な研究を行ってきました。小柴先生は、晩年までe+e-物理学への情熱を持ち続け、ILCを支援し「世界が作るべき次の素粒子物理学施設」と推進してくださいました。

1960年初期、シカゴ大学にてリサーチ・アソシエイトとして従事した後、小柴先生は東京に戻り、原子核乾板技術を用いたTeV領域での高エネルギー粒子生成の研究を続け、電子技術を用いた研究プログラムとしても急速に拡大させました。1960年代半ば、モスクワで開催された宇宙線物理学に関する国際会議に参加した際にゲルシュ・ブドケル教授と親しくなりe+e-コライダー物理に強く関心を持ちました。小柴先生とブドケル教授は当時ソビエト連邦時代のノヴォシビルスクに建設中の蓄積リングVEPP-Ⅲに関して共同研究を行うことに合意、小柴先生は東京にて研究グループを結成し、共同研究の準備を進めました。ところが、準備研究を数年進めたものの計画は軌道に乗りませんでした。

しかし小柴先生はe+e-物理の構想を諦めず、シカゴ時代の同僚で、当時ドイツDESY研究所にて研究責任者をしていたエリック・ローマン教授の協力を得て研究を進めました。ローマン教授は、ビョルン・ウィイク教授率いるDORIS衝突型加速器でのDASP実験に参加できるよう働きかけ、ウィイク教授も未知の新参者である小柴先生らを快く受け入れてくれました。小柴先生はデータ採取には参加せず、論文への署名もしませんでしたが、DESY東京グループを代表してメンバー配置、検出器部分の予算、旅費などの後方支援はすべて小柴教授が行っていました。ちょうど実験が始まったタイミングで新粒子/ジェイプサイ中間子が発見され、小柴グループにとっては共同研究を行う上でラッキーなタイミングでした。数日かけてDASP実験にて狭いピークを探索した後、ジェイプサイ中間子を確認しました。この観測が共同研究初の成果となりました。

e+e-物理は非常に生産的であることが実証され、重要な研究領域となったため、より高エネルギーのコライダーが隣り合わせに作られるようになりました。小柴グループは、その頃にはだいぶ経験を積んでおり、DESY研究所におけるPETRA衝突型加速器でのJADE実験、CERNにおけるLEP衝突型加速器でのOPAL実験にも参加し、多くの若い学生が育成されました。

小柴先生が物理学者としてのキャリアを30年に分けた人生設計についてお話下さったことがあります。最初の10年はアメリカで行ったように一生懸命物理をやり自分の進むべき道を切り開きました。次の10年は、若い世代がかつての小柴先生がそうだったように物理を楽しめるよう手助けをしました。そして、その後の10年間で小柴先生自身が楽しめるような実験をしたいと言っていました。そしてこの願いをすぐに実現されたのです。

日本の学生を育成するための、水チェレンコフ法で陽子崩壊を探し出す実験を始めたのです。この実験は先生自身の楽しみでもありました。私は先生が研究室で画面を見つめ信号の可能性を探している姿をよくお見かけしました。

ここでもまた小柴先生は運に恵まれました。引退まで数週間という時に、太陽ニュートリノ測定器として改良された水チェレンコフ測定器が160キロ光年離れた場所で発生した超新星爆発のニュートリノを観測したのです。人々から非常に運が良かったと言われるたびに、小柴先生は「そうですね。しかし、きちんと準備をしていたからこそ幸運の女神が微笑んだんですよ」と返していました。

小柴先生は、研究を楽しんだ人生設計3段階目の10年を経て、さらに若い世代の研究者を支援するための10年計画を追加しました。ノーベル賞受賞した知名度と賞金などを基金として、若い世代を奨励し基礎科学を推進するための財団(平成基礎科学財団)を設立しました。一例ですが、財団は高校生に物理学のフロンティアで科学者を通じて積極的に学ぶことの楽しさを経験するチャンスを与えています。

小柴先生は、未来を見据え熟考し、その実現に向けて努力し続け、若い世代の研究者を勇気づける偉大な物理学者でした。

著者 山田作衛: 東京大学およびKEK名誉教授、前ILC物理研究責任者

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