※この記事は、2022年8月17日に発行されたILC NewsLineの翻訳記事です。
先月、ワシントン州・シアトル所在のワシントン大学にて「スノーマス・コミュニティ夏の研究会」が開催され、米国の素粒子物理学コミュニティと世界各国からの研究者が結集しました。この研究会は、対面参加とオンライン参加併用のハイブリッド形式で10日間にわたって行われましたが、対面だけでも700人もの参加があるなど、大盛況を収め、分野の将来構想について議論されました。衝突加速器実験、素粒子・ニュートリノを用いた強度ビーム実験から地下実験や高地における天体科学観測まで、米国素粒子物理学分野の全体像が議論されたほか、素粒子理論、加速器、検出器、計算機、そしてコミュニティの取組み方についても意見が交わされました。この研究会は、2020年に開始されたものの、コロナ禍の影響により一年延長されていた「スノーマス・プロセス」の総仕上げとなりました。
この研究会の議論から、素粒子物理学コミュニティのエネルギー・フロンティアにおける将来ビジョンが導き出されました。このビジョンには、高エネルギー衝突型加速器による研究が含まれており、素粒子物理学におけるいくつかの「大きな課題」を主に二つの方向から実験的に追及することが盛り込まれています。それは以下の二つです。
(1)既知の事象を高エネルギー領域で観測し、「標準模型を超える物理(Beyond the Standard Mode:BSM)」の新たなエビデンスを間接的に探索
(2)BSMの新たな物理のエビデンスを直接的に探索
このプログラムには、高エネルギー・高精度での実験機会を提供する将来加速器が必要となります。そのため、エネルギー・フロンティアのビジョンは、3つのタイムスケールでの将来の衝突型加速器への強力なサポートを表明しています。
このビジョンでは、完成が近い欧州合同原子核研究機関(CERN)の高輝度大型ハドロン衝突型加速器(HL-LHC)について、積分ルミノシティ3 ab-1規模の物理プログラムを行うことができる装置であるとして、特化した実験を含めて、素粒子物理分野の直近の将来プログラムであることが強調されています。
また、中期シナリオの最優先事項としては、電子・陽電子衝突型ヒッグス・ファクトリーの国際協力よる最速の実現の道を探ることが掲げられています。これは「欧州素粒子物理戦略2020」の「電子・陽電子衝突型ヒッグス・ファクトリーが最も優先される次期衝突型加速器である」という記述や、2014年に発行された米素粒子物理学プロジェクト優先順位決定委員会(P5)※報告書の「ヒッグス粒子を発見のための新しい道具として使うべし」という表明とも整合しています。2014年のP5報告書では、ILCの科学的正当性が説得力を持つものであると強調されていました。
今回の新ビジョンでは、電子・陽電子衝突型加速器ではどのタイプが望ましいかについては表明されませんでした。ヒッグス・ファクトリーには様々な選択肢があり、国際リニアコライダー(ILC)やCERN線形加速器(CLIC)のような線形型加速器、CERNにおいて検討中の将来円形型衝突加速器(FCC-ee)のような円形型加速器、または相互を補完する形で両タイプの加速器をもつことも考えられます。ヒッグス・ファクトリー候補の加速器に加え、その他の将来に可能となるかもしれない衝突型加速器についても「スノーマス加速器フロンティア・実装検討タスクフォース」のワーキング・グループが系統的に検討を行いました。その結果、ILCは依然として、技術的に最も完成度の高い将来のヒッグス・ファクトリー候補であるとともに、近い将来に建設を開始することができる唯一の候補であることが認識されたのです。
ヒッグス・ファクトリーの先の長期的なビジョンとしては、100TeV陽子・陽子衝突型加速器、または、10TeVミュオン衝突型加速器といった、10TeVスケールでの直接的観測を可能としたマルチTeV級の衝突型加速器が見据えられ、それに向けた活発な研究開発プログラムの開始が提唱されています。
今後、数か月のうちに、「スノーマス・コミュニティ・スタディ」は、この検討のために提出された500件を超える提案書に加えて、検討結果の報告書を取りまとめる予定です。この報告書と提案書は、次のステージとして行われる米国の素粒子物理学分野の実施計画の議論に対するインプットになります。米国エネルギー省(DOE)科学局(Office of Science)と米国国立科学財団(NSF)数学および物理学基幹研究部門(Directorate for the Mathematical and Physical Sciences)が諮問する高エネルギー物理学諮問団(HEPAP)が、その下に設置した素粒子物理学プロジェクト優先順位決定委員会(P5)を通じて、今後10年間程度の予算枠を想定した上で同分野プロジェクトの優先順位を議論し答申します。P5 は、個人ないし所属機関の利益ではなく、分野全体を代表するように選ばれたコミュニティメンバーで構成され、DOEおよびNSFに対して戦略的な提言を行います。このP5の議長は、村山斉カリフォルニア大学・バークレー校教授が務めることになっています。HEPAPに対する最終報告書は2023年前半に提出される予定です。
※P5報告書:米国エネルギー省(DOE)と米国国立科学財団(NSF)が諮問する高エネルギー物理学諮問団(HEPAP)の下に設置される素粒子物理学プロジェクト優先順位決定委員会(P5)が作成する報告書で、米国の素粒子物理学研究の戦略計画が記載されている。
IDT国際推進チームアメリカ州代表/カルフォルニア大学アーバイン校名誉教授 アンディ・ランクフォード
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