アジア発のノーベル賞を  小柴昌俊

アーカイブ

ILC通信.inddILC通信の創刊おめでとうございます。
ILCで電子と陽電子を衝突させると、137億年前の宇宙のビッグバンと同じ現象が加速器の中で再現できます。これは素晴らしいことです。
1968年、旧ソビエト連邦のブドケル博士に「電子と陽電子をぶつける国際共同実験に参加しないか」と誘われました。電子と陽電子の衝突実験は今でこそ素粒子研究の王道のように言われていますが、当時は朝永先生が量子電気力学でノーベル賞を受賞した頃で、ほとんどの物理屋は電子と陽電子の反応はそれですべて理解出来た気でいました。ある偉い先生からは「そんな実験をしても量子電気力学が正しいということを証明するだけで、何も新しい事は出てこない」と反対されました。私はその時、勘が働いて「電子と陽電子がぶつかって消滅したらエネルギーの塊になるから、どんな粒子でも作れる。いままで見つかってなかった新しい粒子が見つかる可能性がある。加速器の中で宇宙のビッグバンと同じ状態を作ることができる。」と考えました。幸いなことに同じ教室に西島和彦というとても優秀な理論屋がいました。彼は「わからないことがまだあるんだから、このような新しいタイプの実験はやらせてみる価値があるんじゃないですか」と言って、概算要求を出すことを許してくれました。
その頃、ブドケル博士が健康を害してしまったので、私はドイツのDESYという研究所で建設が始まっていた電子陽電子衝突実験に参加することになりました。私の教え子達はそこで電子と陽電子の衝突実験の実績を積み上げていったのです。
加速器分野のフロンティアは、これまでアメリカとヨーロッパに独占されてきました。日本はTRISTANで世界のフロンティアに立つ時期がありましたが、ごく短期間のことで、アジアはフロンティアから遅れてしまいました。中国には素粒子分野でノーベル賞受賞者が3人いますが、3人ともアメリカで教育を受け、アメリカでの研究成果に対して受賞したのです。自国で教育を受け、研究装置を使い、研究を行った科学者がノーベル賞を受賞したら、どれだけたくさんの若い人たちを勇気付けることでしょうか。
これからは、若い人たちが基礎科学の分野で活躍できるように状況をととのえてあげる必要があります。それが大人の役割です。日本が日本の中だけでナショナルマシンを提案しても孤立してしまいます。アジアのおもだった国々が一緒になってちゃんと議論して「アジアにリニアコライダーを作りたい」という合意を作ることが大事です。
ILCをアジアに招致し、たくさんの若い人たちにその研究に携わって欲しい。そして、そこで自分が本当にやりたいことについてたくさんたくさん考えて欲しい。そうすれば、将来の日本やアジアの科学が本当のフロンティアに立つ日も、そう遠くはないはずです。