「イノベーションの創出」と基礎科学 ~有馬雅人氏インタビュー~

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先端加速器科学技術推進協議会事務局長 有馬雅人氏

 

現在、世界各国の科学技術政策を語るうえで、なくてはならない言葉、もしくはスローガンとも言えるのが「イノベーションの創出」だ。そして、イノベーションの源泉として、強化していくことが日本の国家政策としても挙げられているのが基礎科学分野の研究。ときに既存の知識や考え方を超えた発明や発見のもととなり、歴史的にも大きな役割を担ってきた。国際リニアコライダー(ILC)で推進して行く加速器科学は、この基礎科学研究に含まれる。イノベーション創出のもうひとつのキーワードが「産学連携」。大学などの教育機関・研究機関と民間企業が連携して、研究開発や事業を行なうことで、政府、自治体などの「官」が関わる場合は、「産官学連携」とも呼ばれている。昨年6月に発足した「先端加速器科学技術推進協議会」は、これら2つのキーワードを体現しているかのような活動を続けている。

4月につくば市で行われたILCの国際会議で、同協議会事務局長、有馬雅人氏が行った講演、特に、締めくくりのメッセージ「Japan is advancing forward ILC with AAA(日本は協議会とともにILCに向けて前進している:AAAは同協議会の英語略称)」は、欧米の加速器コミュニティに少なからず衝撃を与えた。これだけ多くの企業が参加し、さらに政官界とも連携をとりながらのILCの実現に向けた取り組みは、世界のどこにも例を見ないものだからだ。同協議会発足の目的は、先端加速器とその開発途上に生まれる様々なテクノロジーを将来の産業に役立てるため、政・官・産・学の架け橋となること。ILC計画をモデルとした技術開発の方向性と知財の適切な取り扱いを検討するとともに、会員企業の幅広い専門性や知識を結集して、革新的科学技術の創出を目指している。また、あまり知られていない「加速器」について知ってもらうことも目標として掲げており、広報活動も中心的活動のひとつだ。「協議会のスタート時の会員数が76。現在は、合計113の企業、大学、研究所等が会員となっており、会員を増やすことも広報活動の一部と考えていますので、初期の目標は達成しています」と有馬氏は語る。

協議会の具体的な活動は、「技術」、「知財」、「広報」、そして最近立ち上げられた「大型プロジェクト研究」の4部会で行われている。「なかでも技術部会は、モデルとしているILCの技術的課題の解決にむけた検討、さらに放射光・中性子などの応用分野もふくめ、今までに会合を11回実施しています。更に個々の課題を掘り下げ、産学協同で解決策を検討するワーキンググループが機能し始めています」(有馬氏)。開発、応用の両面で、着実に技術的成果に繋がっていると言う。広報部会は、「先端加速器科学技術推進シンポジウム」を2月の東京を皮切りに、仙台(6月)、広島(7月)と、全国各地で開催し、加速器の認知度アップに貢献している。次回は、11月8日に福岡で開催される(詳しくは「お知らせ」をご覧下さい)。

「アジアで、とりわけ日本でILCを実現する場合は、プロジェクト運営や組織作りなど技術的側面とはちがうところが問題になってきます。それらの課題に対応するために、大型プロジェクト研究部会を立ち上げました。協議会の活動が現実的なところまで踏み込んできている、と言ってよいでしょう」。有馬氏は、実際にILC誘致に名乗りを挙げることまで考えた場合、一番大きな問題となるのは、建設地の決定になると言う。「事前のサイト調査をしっかりやっておかないと建設費用や工期に影響します。協議会の次の大きな課題として認識しています」。しかし、建設地の決定は、政官による取り組みが欠かせない。「そのためにも、議連※との連携を強化して行かなければならないと考えています。新政権も、『科学技術立国としての基盤整備と強化が重要』との認識は変わらない。期待しています」。

ひとくちに「産官学連携」といっても、世の中には多様な認識が混在している。技術移転やベンチャー起業など、直接的な利益が注目されがちであるが、その連携活動が成果を挙げるために一番重要なのは、いかに「相乗効果」を生むことができるか、ということであろう。「産・学それぞれに得意不得意があるわけですから、産にまかせてもらうべき分野、学にしか取り仕切ることができない分野というものが存在します。そこの見極めというのが非常に大切だと思っています」。日本における加速器科学研究分野は、従来、研究者による「手作り」的技術開発が主流となっており、産学連携にはまだまだ不慣れな部分が多い。しかし、ILCは産学官連携なしには実現し得ない大型プロジェクト。まさに、「JapanisadvancingforwardILCwithAAA」なのだ。今後の協議会の活動に注目したい。

※リニアコライダー(先端線形加速器)国際研究所建設推進議員連盟:2008年7月31日、会長に与謝野馨氏、会長代理に鳩山由紀夫氏の超党派で設立。「日本発宇宙行き」のビジョンのもと、日本でのリニアコライダー国際研究所建設を目指して、議員がイニシアチブを取り、政党や省庁の枠組みを超えた働きかけを進めていく。2008年8月15日発行【ILC通信】第27号最近の話題「リニアコライダー実現へ、超党派で議員連盟発足」も参照ください。