謎にせまる:つくばの隠れた「名産品」?

コラム

陽電子生成部のカットモデル。写真右側から電子ビームが入り、中央あたりでタングステンでつくられた標的にぶつかり、電子と陽電子対が生まれる。できた陽電子は、加速空洞(写真左側)によって加速されつつ、集められる。

SF小説や映画の中で、理想的なロケット燃料や、超強力な爆弾の材料などとして登場することもある「反物質」。電荷は正負逆転していますが、それ以外の性質(質量、スピン)などは私たちの身の回りにある「物質」と変わらないもののことを呼びます。なぜロケット燃料や爆弾の材料として描かれるか、というと、この反物質、物質と出会うとガンマ線などの莫大なエネルギーとなって消滅してしまうからなのです。

これまでの研究から、宇宙が生まれた時には、同じ数の物質と反物質が存在していたと考えられています。しかし、この宇宙には反物質で出来た天体は見当たりません。なぜ反物質か消えてしまったのか?これは、素粒子物理学が解決しようとしている大きな問題のひとつです。自然界には存在しない反物質ですが、加速器で加速した粒子を標的となる物質にあてると、人工的に作り出すことができます。そして、世界一たくさんの反物質を作り出しているところは日本の茨城県つくば市。KEKの線形の加速器で作り出される反物質の数は世界最高なのです。

KEK にある「入射器」と呼ばれる加速装置には、写真のような陽電子生成装置があります。「陽電子」は、電子の反物質。電子ビームを入射してタングステンで作られた標的にぶつけると、電子と陽電子の対が生まれます。それを電場と磁場を使って陽電子を集めて実験に利用しています。実験にはできるだけたくさんの陽電子が必要です。そこで、効率よく陽電子をつくり出すために、タングステンの標的を結晶化したり、せっかく作られた陽電子を取りこぼさずにきれいな固まりにまとめるために磁石の配置を工夫したり、と様々な工夫が凝らされています。

このような数々の工夫からKEK で生まれる陽電子は、1秒あたり1兆個。とはいっても、陽電子はとても軽いので、その総重量(質量)はたったの1千兆分の1グラムにしかなりません。ダン・ブラウン著のサスペンス小説「天使と悪魔」で爆弾として使われた反物質の重さは「0.25グラム」とされています。現在の技術では、反物質は爆弾にはなり得ませんのでご安心を。それでも反物質を作り出す性能としては、KEKの加速器は現在のところ世界一。反物質は、つくばの隠れた「名産品」なのです。