有識者会議の提言の意味すること

ILC ニュースライン
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*3月22日発行のILC ニュースラインの浅井祥仁氏(ILCジャパンスポークスパーソン) の英文記事の日本語原文です。

コミュニティの多くの人が知っていると思うが、2月14日に日本の有識者会議からILCに関する提言が公開された。また、KEKがそれに対する今後の動きについてニュースを出した。日本語という言語は非常に曖昧で、行間に色々な背景が含まれる。そのため、英文翻訳されたニュースにネガティブな印象を持った人も多いと聞いているので、ここで解説させて頂きたいと思う。提言は決して「全く否定的なもの」ではない。むしろ、プロジェクトは一歩進んでいるということを伝えたいのである。

まず誤解されているのが「サイトの問題をいったん切り離す」という部分だ。この部分について「日本はホストの意思がないことを示した」と捉えている記事も目にする。しかし、それは間違いだ。これは決して、日本が誘致を諦めたと言うわけではない。世界の研究者の推進組織、ILC国際推進チーム(IDT)のプレラボ提案書では、日本からILCホストへの関心を示す何らかの「兆候(indication)」が必要という表現が使われている。これについては、国際コミュニティは日本に対して誘致や誘致への関心を「表明」してほしいと要求しているわけではなく、なんらかの示唆があることを求めているわけだが、どちらにしろ日本政府にとっては非常に微妙な問題であるとともに容易なことではない。そして、これは事実、長年にわたる鶏と卵論争となっている費用分担の議論の足かせになっているのだ。費用分担の国際的な議論を進めるためには、各国平等な環境を作りたい。そこで、日本誘致を前提とするのではなく、そこはペンディングにしたほうが良い、という判断だ。つまり、費用分担の話し合いをするために、足かせとなっている条件を取り除こうとする前向きな動きなのである。

この費用分担の議論を進めることはILC実現に向けて重要だ。有識者会議の提言では「経費分担の見通しが立たない状況」であり「各国の政府関係者が議論できる環境が醸成されることが重要」との指摘があった。2019年以降、何度か国際協議は行われたが、指摘されたように、思うような成果は得られていない。私は、経費分担に関する十分な議論が行われていないのは、上記の鶏と卵問題に加えて、まだ政府間で議論をする環境ができていないことが原因だと考えている。いうまでなく、ILCは非常に規模の大きなプロジェクトである。その莫大な費用分担の議論は、政府間で相当の信頼関係が築かれていないと進められないものだと思う。

提言に述べられていた「FCC(CERNが計画している将来円形衝突型加速器)のフィージビリスタディの結果を見て」という文言についても、FCCかILCを選ぶという意味に捉えられているむきがあるが、そうではない。この2つの計画の時間軸が異なることはよく理解されている。一方で、費用分担に関する議論を進めるために、政府間の信頼関係を築くことが必要であり、そのためには政府に様々な大型計画を「どのように進めていくか」の議論をして頂くことが重要だ。その議論を進めていただくためにも、私達研究者自身が今後の世界の素粒子物理研究の中長期的な計画を再度確認して、ILCが世界の中でどのように重要な位置にあるものなのかをよく整理し、理解して頂く必要がある、ということである。

これらの国際的な議論のイニシアチブを誰が取るのか、も重要なポイントだ。IDTは、ILCを国際協力で日本に建設するという日本の研究者の提案を支持してその一歩としてのプレラボ実現をミッションとする組織なので、プレラボ提案書では、日本がイニシアチブをとることが条件となっている。私達は、日本でのILC建設を実現したいことに変わりはないので、できれば日本にイニシアチブを取っていただきたい。私たち研究者にできることは、日本がイニシアチブを取りやすくなる環境をつくることだ。どうやって実りのある費用分担交渉を実現していくか。これは日本のみの問題ではなく、関係各国の研究者にも自国の政府との関係構築をぜひ進めて頂きたいと考えている。海外の研究者から、自国の資金提供機関にも働きかけてほしいと考えている。

プレラボにすぐに進むことはできなかったことは非常に残念である。一方で、プロトタイプの開発や工学実証の必要性については理解が得られていることは強調したい。私達は、ILCは技術が成熟しており、プレラボに進める段階にあると考えている。ILCという加速器は、世界が協力して実現可能な計画である、ということを証明するためには、現物をつくって見せることが大切だ。提言では、ワーク・パッケージの重要な部分を先に進めることが提案されている。これが認められて予算が付いたならば、現物をつくり、技術が成熟していることを証明して、国際協力で一緒になって作っていくことが信用してもらうことができる。そして、その取り組みは、各国政府がお金と責任を分担して、国際協力で行うべきだ。そうすることでILCを実現することが可能だと示すことができる。

最後に、今一度リマインドしたいのは、ILCは「とてつもなく大きなプロジェクト」だということだ。今回の提言が出たことで、「ILCは死んだ」と言ってみたり、「日本はやる気がない」と批判してみたり、色々な反応がある。しかし、そんな簡単な言葉で語れるようなプロジェクトでは無いのである。相当の覚悟が必要なのだ。コロナのパンデミックという新しい状況で、研究環境、国際環境は大きく変化している。科学研究のダイバーシティによって、基礎科学の位置づけが20世紀後半よりも低くなっていることも否めない。また、様々な事故や災害によって、科学への不信感も大きくなっているように思う。そんな中でILCをどう進めていくのか、世界中の関係者自身が、いったん落ち着いてよく考える必要があるだろう。