「KEKに期待することは、サイエンスの成果を出し続け、先端テクノロジーにチャレンジすることです」と語る相原博昭氏。(KEK小林ホール記念シンポジウムにて)
3月17日、日本学術会議は提言「学術の大型施設計画・大規模研究計画-企画・推進策の在り方とマスタープラン策定について-」を発表した。この「マスタープラン」には、KEKB加速器の高度化や、心のしくみを解明する先端研究拠点の構築など、建設費100億円以上、運営費数十億円以上の大型研究計画285件の中から43件が選定された。その中にILC計画も含まれている。昨年3月から、大学や研究機関を対象に調査とヒアリングを重ね、科学的、社会的に重要と認められた計画を選抜したもので、「人文・社会科学」、「生命科学」、「エネルギー・環境・地球科学」、「物質・分析科学」、「物理・工学」、「宇宙空間科学」、「情報インフラストラクチャ」の7分野に分類されている。高エネルギー加速器研究機構(KEK)が関わる研究計画は、「生命科学」分野で1件、「物質・分析科学」分野で2件、「物理・工学」分野で6件が選択された(表1参照)。
分野 | 計画名称 |
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生命科学 | ・糖鎖科学の統合的展開をめざす先端的・国際究拠点の形成 |
物質・分析科学 | ・高強度パルス中性子・ミュオンを用いた物質生命科学研究 ・放射光科学の将来計画 |
物理・工学 | ・B ファクトリー加速器の高度化による新しい物理法則の探求 ・J-PARC 加速器の高度化による物質の起源の解明 ・国際リニアコライダー(ILC)の国際研究拠点の形成 ・大型先端検出器による核子崩壊・ニュートリノ振動実験 ・計算基礎科学ネットワーク拠点 ・大型低温重力波望遠鏡(LCGT)計画 |
(表1)「学術の大型施設計画・大規模研究計画-企画・推進策の在り方とマスタープラン策定についてー」で選定された計画。提案する中心的実施期間または実施体制の中で、KEKの名前が挙がっているもの。詳細はこちらを参照下さい。http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t90-2.pdf
KEKが関わるプロジェクトが43件中9件選ばれたことについて、「それだけお金がかかるプロジェクトが多いということでしょう(笑)。とはいえ、それが大学共同利用機関法人の役割ですから、当然のことといえば当然です」と語るのは、相原博昭東京大学大学院理学系研究科教授。今回の作業で、素粒子・原子核分科会委員長として、科学者コミュニティの意見をまとめる役割を担った。KEKを含む「大学共同利用機関法人」のミッションは、個々の大学のみでは扱うことができない大きなプロジェクトを、その分野の中核機関として推進していくことだ。つまり、予算を個々の大学に分散してつけるのではなく、それを大学共同利用機関法人にまとめて付けることで、予算と人材の効率化を目指しているという訳だ。「われわれのような大学の共同利用者にとっては、KEKには、どんどんがんばっていただきたいところで、多くのプロジェクトが選ばれることは歓迎すべきことです」と相原氏。とはいうものの、今回のマスタープランに予算の裏付けがあるわけではない。
相原氏は、「ここに載ったからといって予算が付くわけではありません。でも逆に、ここに載っていない計画が予算化されることは非常に難しい、と言うことはできます」と語る。「このようなマスタープランの作成は、欧米では定期的に行われているのですが、日本では、今回が初めての試みとなります」という。「大型施設計画」は、基礎科学分野を中心に科学者コミュニティが立案する、加速器や大型望遠鏡のような「ボトムアップ型計画」と、国際宇宙ステーション計画などの、国策的視点から推進される、より予算規模が大きく、技術開発や応用側面が強調される「トップダウン型計画」がある。どのような経緯で実施されることになったにしろ、大きな予算を要するものであれば、科学的根拠にもとづいた透明性の高い評価、選定プロセスを経て選択されることはもちろんのこと、国民や社会の理解が得られるように「どうしてそのプロジェクトが必要なのか」ということが十分に説明される必要があるだろう。
KEKの関連するプロジェクトは総じて「ボトムアップ型計画」に属する。これらのプロジェクトについては、科学者コミュニティにおける議論のもと、透明性が高いプロセスを通して実施プログラムが選択されてきた。「今回の作業でわかったことは、加速器科学の分野は“優等生”だということです」と相原氏。実施されるプロジェクトが、その意義、所用経費、スケジュール、期待される成果などについて国際的な専門家チームによってレビューされ、科学者コミュニティの理解を得たうえで実施されるという文化がすでに根付いていたため、ヒアリングの際に非常に役立ったというのである。このように、研究者の間では、プロジェクトの情報展開が十分に行われている「ボトムアップ型計画」だが、国民や社会の理解を得るための十分な説明が行われてきたとは言い難い。今回のマスタープランの作成は、科学者コミュニティが「説明責任」を全うしようとする活動の第一歩であると言えよう。
先端研究が行われる大型施設は、今や、一国で担うことが困難な規模になっている。そのため、加速器や宇宙科学、天文学などの分野では、国際協力で推進されることが通例となりつつある。特に、南米チリで建設中の大型望遠鏡「ALMA」プロジェクトでは、日米欧による、世界で初めてといえる、対等・平等な国際組織による、共同建設、共同運営が進められている。このような背景をふまえて「マスタープラン」は、大型計画を策定、推進するための省庁を超えた枠組み構築に向けた強い決意で締めくくられている。「ILCが良い例なのですが、これからの大型プロジェクトは、担当する省庁ひとつでは扱いきれなくなるでしょう。枠組み構築は必須の課題です」(相原氏)。
「大型計画」は、新たな科学と技術の限界への挑戦だ。そこで行われる先端研究は、科学のフロンティアを切り拓き、新たな知を創造する。さらには、技術革新や産業創出にもつながって国力の底上げや、日本の国際競争力強化にも役立つ。しかし、これらの言葉は、納得のできる説明なしには、厳しい経済状況下の国民にとっては単なるお題目にしかならない。なぜ大切なのか?どうして最先端を目指すのか?国民が実感を持って納得できる科学者からの説明が求められている。マスタープランの作成は、そのスタート地点といえよう。