インタビューにこたえる 森俊則 将来計画検討小委員会委員長
高エネルギー物理の実験は、大規模な研究施設が必要だ。そのため、ひとつの研究プロジェクトの計画の実現には、構想から設計、そして建設と、長期間にわたる膨大な準備が必要とされる。高エネルギー物理の研究者たちは、物理的な意義をコミュニティ全体で議論し、コミュニティの総意として推進すべきプロジェクトを決定してきた。その決定に大きな役割を果たすのが、高エネルギー物理学将来計画検討小委員会が出す「答申」だ。これは、コミュニティ全体として、現在稼働中・建設中のプロジェクトに続く大規模将来計画として推進すべきプロジェクトの方向性を示すものである。
今年2 月11 日、最新版の「答申」が親委員会である高エネルギー委員会に提出され、3 月5 日に公開された。25 日に行われた高エネルギー物理学研究者会議総会で答申について議論がなされ、承認されたのである。そこには、推進すべきプロジェクトのひとつとして「リニアコライダー」が上げられている(答申概要の全文は下記を参照)。
この「答申」はこれまでに2 回、不定期におよそ10 年間隔で出されている。「答申は、何らかのプロジェクトが立ち上がりつつある時に出ています。新規プロジェクトが立ち上がったら、その次のことを考えなくてはいけないのです」というのは、本小委員会の委員長を努めた、森俊則東京大学教授だ。
小委員会が立ち上がったのは約3年前。「委員のほとんどは、リニアコライダーの専門家ではありません。また、特に、今回は若手の委員が多かったこともあり、リニアコライダーのことはもちろんのこと、高エネルギーの分野全体に関する勉強会を、何度も、時間をかけて行いました」と、森氏は語る。その過程で、物理研究の意義や、進んで行くべき方向性について、綿密な議論がくり返し行われた。「ILC 加速器技術の成熟度について疑問を抱いている委員が何人かいました。この点については、技術開発の現状についてKEK(高エネルギー加速器研究機構)の専門家から詳しく聞くことができ、設計の成熟度は過去の加速器より高い、ということが解りました」(森氏)。
答申では、日本の高エネルギー物理学の基幹となる大規模将来計画として「電子・陽電子リニアコライダーの早期実現」と「ニュートリノにおけるCP対称性の研究に向けた加速器の増強と、大型ニュートリノ測定器の実現」が示されている。
「実は、これらのプロジェクトの重要性は答申を書くかなり前から研究者の間で認識されていました。今回は、両プロジェクト実現に向けて、クリアすべき物理の条件を明示しているのが特徴だといえるでしょう」と森氏。電子・陽電子コライダー早期実現に付された条件は「LHC(欧州合同原子核研究機関の大型ハドロンコライダー)において1TeV(テラ電子ボルト)程度以下にヒッグスなどの新粒子の存在が確認された場合」だ。素粒子に質量に与えていると言われているヒッグス粒子は、今年中にも発見が期待されている。「委員会としては、両プロジェクトともに重要で、条件が満たされれば当然両方やるべきだと考えています。実際、ニュートリノ研究については、条件を満たす発表がすでになされています」と森氏は言う。ただし、森氏は、必ずしも両方とも“日本で”やる必要は無い、という。「日本で何をやるか、そのプライオリティは考える必要があります」(森氏)。
5 月2 日に行われた高エネルギー委員会の会合では、今回の答申を受けて、コミュニティとしてリニアコライダーを推進して行くための組織「リニアコライダー戦略会議(仮称)」の立ち上げが議論され、11 名の委員が選出された。これまでは、KEK が中心になって加速器開発を、国内の大学が連携して、物理・測定器研究を推進してきた。今後は、リニアコライダー研究者のみならず、高エネルギー物理研究全体でリニアコライダー推進について議論できるよう、同会議の委員は研究分野を横断して選出されている。
「LHC でのヒッグス粒子の発見が恐らく近いと思われます。今年末にはILC の技術設計報告書が発表され、また、欧州の素粒子物理戦略もまとまる予定です。日本でも、将来計画検討小委員会の答申が出ました。国際的にも日本に対する期待が高まっています。戦略会議は、これらの状況を踏まえて『ILC の実現に向けた様々な方策を研究者コミュニティー全体で議論する時機が来た』という判断から立ち上げられたものです」と、高エネルギー委員会 委員長の駒宮幸男東京大学教授。
ILC 実現に向けて、新たな一歩が踏み出されようとしている。
高エネルギー物理学将来計画検討小委員会 答申
本小委員会は日本の高エネルギー物理学の基幹となる大規模将来計画に関して、以下の提言をする。 ・LHC において1TeV 程度以下にヒッグスなどの新粒子の存在が確認された場合、日本が主導して電子・陽電子リニアコライダーの早期実現を目指す。特に新粒子が軽い場合、低い衝突エネルギーでの実験を早急に実現すべきである。一方でLHC およびそのアップグレードによって間断なく新物理の探究を続けていく。新粒子・新現象のエネルギースケールがより高い場合には、必要とされる衝突エネルギーを実現するための加速器開発研究を重点強化する。 • 大きなニュートリノ混合角θ 13 が確認された場合、ニュートリノ振動を通したCP 対称性の研究に向けて、必要とされる加速器の増強と共に、国際協力で大型ニュートリノ測定器の実現を目指す。大型ニュートリノ測定器は、大統一理論の直接の証拠となる陽子崩壊探索に対しても十分な感度を持つようにすべきである。 これら基幹となる大規模計画については、高エネルギー委員を核とする将来計画委員会が、今後LHC 等によって得られる新たな知見に応じて素早く機動的に対応していくことを期待する。 現在建設中のSuperKEKB については、測定器も含め、予定通り完成させて遂行することが肝要である。また、現在計画中の中小規模計画の幾つかは、将来ニュートリノ物理のように重要な研究分野に発展するポテンシャルを持っており、並行して推進することにより多角的に新しい物理を探求していくことが必要である。J-PARC でのミューオン実験を始めとするフレーバー物理実験、暗黒物質やニュートリノを伴わない二重β崩壊の探索実験、宇宙マイクロ波背景放射偏光のB モード揺らぎ観測や暗黒エネルギー観測は、これに該当する研究と考えられる。 序文および各項目の細述を含む答申の全文は、下記をご覧下さい。 |