ヒッグス粒子:何がそんなにすごいのか

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7月4日、欧州合同原子核研究機関(CERN:スイス)から発信されたニュースが新聞各紙の一面を飾り、テレビ番組でもこぞって取りあげられた。そのニュースとは「ヒッグス粒子らしき新粒子の発見」だ。その新粒子は、本当にヒッグス粒子かどうかまだわかっていない。けれど、世の中はヒッグス発見のニュースに沸き立っている。このヒッグス粒子、何がそんなにすごいのだろう??

ヒッグス粒子は別名「神の粒子」とも呼ばれている。ところがこのニックネーム、実は素粒子物理学者にはあまり評判が良くない。「神の粒子」と呼ばれるようになったのは、1993年にノーベル物理学賞を受賞した素粒子物理学者レオン・M・レーダーマンとサイエンスライターのディック・テレシの共著「神の粒子:もし宇宙が答えなら、何が質問か?(TheGodParticle:IftheUniverseIstheAnswer,WhatIstheQuestion?)」という本。「この宇宙を理解するために不可欠な粒子。なのにとても捉えにくい」から神の粒子ということらしいのだが、実は「本当は”クソ忌々しい(Goddam)粒子”のほうがしっくりくるのだけれど、編集者がこの言葉を使わせてくれなかった」という裏事情があるらしい。

さて、このヒッグス粒子の「すごさ」だが、一般に出回っている理由としては、ヒッグスが「質量の起源になっている」ことや「半世紀にわたって探し求められていた」あるいは「標準理論の最後の素粒子発見」などが挙げられている。しかし、どの理由も今ひとつ何がすごいのだかピンと来ない。ここでは「標準理論の最後の素粒子発見」のすごさについてちょっと掘り下げてみよう。 最後の粒子がみつかったら、素粒子の研究は終わりってこと?と思うかもしれないが、実はそうではない。「ヒッグス粒子が見つかった」ということは「そこに質量を産み出す仕掛けがあることが証明された」ということになるらしい。どういうことか?

ヒッグス粒子は「標準理論」の唯一未発見の粒子だ。物理学の理論とは、宇宙で起きている物理現象を数式で表したもの。標準理論は、多くの現象をうまく説明できる理論で、「ヒッグス機構」と呼ばれる「粒子に質量を与える仕掛け」を入れると計算が合い、成立する。ヒッグス機構は、ヒッグス粒子を産み出す可能性を持つ「場」が私たちの周りに満ち満ちており、プールに入ると水の抵抗で動きにくくなるように、ヒッグス場の中の物質は動きにくくなる=質量を持つ、という考え方だ。ところが、このヒッグス場は、今私たちの周りも取り囲んでいるにも関わらず、まったく関知されることは無い。例えば、日頃私たちは空気を気にして生活はしていない。風が吹いてきた時に初めて身の回りに空気があることを意識するように、ヒッグスも当たり前すぎて誰も気付かない存在なのだ。ヒッグス粒子が発見されることで、初めてそこに存在することがわかる。

ここでちょっとややこしいのが「粒子」と「場」の違いだ。「場」は粒子を産み出す可能性を持つところだ。場に大きなエネルギーを注入すると「粒子」がはじき出される。出てきた粒子が、そこに「場」があるという証拠になるのである。CERNが大型ハドロンコライダー(LHC)を使って、場に膨大なエネルギーを与える実験が続けてきたのは、この証拠をつかむためだ。今、この証拠がほぼつかめた状態にあると言って良い。 これまでの研究で、素粒子には「電荷」「スピン」「質量」といった固有の性質があることがわかってきた。例えば、電子なら「電荷マイナス1」「スピン1/2」「質量9.10938291(40)×10-31キログラム」といった具合だ。ところが、なぜ、それぞれの素粒子がこの固有の性質を持つのか、その理由は全く解っていなかった。

ヒッグス粒子発見のすごさとは,その固有の性質と思われていた質量が、何らかの「仕掛け」によって産み出されていることが証明されようとしている、ということなのだ。そうなってくると、電荷やスピンといった他の固有の性質にも、それを産み出す未知の「仕掛け」が存在する可能性が高くなってくる。これまでの研究では、この世を構成する最も小さな素粒子がどんな性質を持っているのか、素粒子同士がどんな係わり合い方をして物理現象が起きているのか、が解明されて来た。ヒッグス粒子発見以降のこれからは、その先の「なぜ」それが起きるのかといった仕掛けの解明へと、一段階進むことになるのだ。

ヒッグス粒子の発見による標準理論の完成は、いわばゲームの第一面クリア。その先に今まで見たこともなかったような世界があらわれるかもしれない―その全く新しい可能性に世界の物理学者たちは興奮しているのである。

※トップ画像:カソクキッズ第17 話より http://kids.kek.jp/comic/17/05.html