加速器図鑑:クライオモジュール

コラム

KEK のSTF のクライオモジュール。この黄色い真空断熱容器の中に超伝導線形加速器の心臓部が収まる。

クライオモジュールは超伝導加速器のために作られた造語である。クライオ(cryo-)とは「低温」「冷凍」などを意味する接頭辞。モジュー ルは構成要素の意味。ILC では高性能の超伝導線形加速器により高エ ネルギーの衝突実験を可能にするが、クライオモジュールはその線形加 速器を構成する最小単位である。ただし最小といっても長さ約 12 m、 太さ約 1 m という大きさである。 ILC では電子の線形加速器(長さ 約 11 km)と陽電子*1 の線形加速器(長さ約11km)が対向する形で 設置されるが、各々の線形加速器はおよそ 800 台のクライオモジュー ルで構成される。

ところで、なぜ低温か。それは超伝導を達成するためには極低温が 必要だからである。超伝導とは極低温で金属の電気抵抗がゼロになる 現象である。最近ヒッグスボゾンとみられる粒子を発見して話題沸騰 の LHC 加速器はこの超伝導を磁石に使って高性能を実現したもの*2。 ILC では電子や陽電子を電波によって加速する” 加速管” と呼ばれる部 分を超伝導にして高性能化を図っている。この加速管は摂氏マイナス 271 度(絶対温度2 度)という極低温の液体ヘリウムに浸される事によ り冷却される。この液体ヘリウム保持の為にジャケットと呼ばれる液体 ヘリウム容器が超伝導加速管のすぐ外側を覆う。そのジャケットをさら に真空容器に納め断熱する。この容器を真空断熱容器と呼ぶ。そして、 この全体をクライオモジュールと呼んでいる。この長さが12m になる のは、その中に長さ約1.2m の超伝導加速管を9 本*3 一直線にして並 べるからである。

写真の黄色いものがクライオモジュール、正確にはクライオモジュー ルの一番外側にある真空断熱容器である。真空断熱容器とは耳慣れない 言葉だと思うが、実は皆さんが一家に1 台は持っている魔法瓶(保温 ポット)も真空断熱容器である。魔法瓶は、冷たいお茶を冷たく、熱々 のコーヒーを長い時間熱々のままに保つことができる。魔法瓶は内層と 外層の二重構造をしており、その内層と外層との間には空間が設けられ ていて、この空間を真空にすることで、熱を伝わりにくくしている。家 庭用の魔法瓶は、中に入れた飲み物を保温するために使われるが、クラ イオモジュールの真空容器は最先端の技術を駆使した超伝導加速器の心 臓部、つまり加速部、を極低温に保つために使われる。ILC はハイテ クの塊だが、ひとつひとつを細かく見ると、実は意外に身近かな技術が 使われている箇所もあるのだ。

* 1: 陽電子は電子の反粒子でプラスの電気を帯びている。ILC では電子の線 形加速器と陽電子の線形加速器が対向する形で設置される。そして電子 のビームと陽電子のビームがその中央で衝突する。
* 2: ILC 通信 60 号(2011 年9 月1 日発行)加速器図鑑 参照。
* 3: これは標準構成のモジュールの場合である。8 つの超伝導加速空洞と1 つの超伝導収束磁石が並んでいるモジュールもある。