リニアコライダー国際推進委員会(LCB)の委員長就任が 予定されている、駒宮幸男東京大学教授
今年は巳年。「巳」は漢書律暦志によると「已(い)」。これ は「止む」という意味で、草木の成長が極限に達して、次の生 命が作られ始める時期、という意味だそうだ。また、「巳」と いう字は、胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚め て地上にはい出す姿を表しているとも言われている。つまり、 今年2013 年は新しいことが始まる、縁起の良い年。国際リニ アコライダー計画もまた、新しいスタートを切る年である。
昨年12 月末に、これまでILC の研究開発活動を率いてき た国際共同設計チーム(GDE)と実験管理組織(RD)は、 技術設計報告書を完成させてそのミッションを終えた。同時 にGDE とRD の監督機関であったILC 運営委員会(ILCSC) もその使命を終え、新しい組織「リニアコライダー国際推進委 員会 (Linear Collider Board: LCB)」にバトンを手渡すこと になった。そのLCB を率いることになったのが、駒宮幸男東 京大学教授である。
「2 月下旬にバンクーバー(カナダ)で行われる会議で、正 式にLCB の活動がスタートすることになります」と、駒宮氏。 LCB は将来加速器委員会(ICFA)※の下部委員会で、リニア コライダーとその測定器の国際的な研究開発を推進、監督す る組織である。ここで気になるのが、名称から「I」が抜けて「LC」 になっているところだ。この理由は、新組織がILC のみならず、 欧州合同原子核研究機関(CERN)が中心になって推進して いるCLIC(クリック)プロジェクトも監督することになってい るからだ。CLIC はILC と異なる加速技術を用いる直線型衝 突加速器(リニアコライダー)計画で、ILC より高い3 テラ電 子ボルトの衝突エネルギーを目指している。
駒宮氏は「CLIC はまだ概念設計が終わったところで、技術 的成熟度はILC のほうが圧倒的に高いといえます。しかし、 将来的に、非常に高いエネルギーで何らかの兆候が見つかっ た場合には、ILC よりエネルギーの高いマシンが必要になる 可能性があるので、CLIC の研究開発も続ける必要があるの です」と言う。両者には、共通する技術課題も多く、研究グルー プにとっても連携するメリットは大きい。
LCB を構成するのは駒宮氏に加え、米欧アジアの三極から 各5 名の委員の合計16 名。アジアからは、王贻芳 中国科学 院高能物理研究所(IHEP)所長、高杰 IHEP 研究員、サン キー・キム 韓国希少同位体科学プロジェクトディレクター、ロヒーニ・エム・ゴッドボル インド科学院大学バンガロール校教 授、鈴木厚人KEK 機構長の5 名が委員となっている。
「昨年7 月に発見された新粒子は、ヒッグス粒子であることは ほぼ確実といえるでしょう。そのため、ILC の早期実現が研 究者から切望されています」と駒宮氏。ヒッグス粒子とみら れる新粒子を発見したのは、CERN の大型ハドロンコライダー (LHC)。複合粒子の「ハドロン」の1 種である陽子同士を衝突 させる加速器だ。駒宮氏は、これまでの実験も、ハドロン加 速器と、電子陽電子加速器の両輪で行われてきた、と解説する。
例えば、1974 年に発見されたJ/ψ(ジェイプサイ)中間子 は、米スタンフォード線形加速器センターの電子陽電子加速 器SPEAR と、米ブルックヘブン加速器研究所の陽子加速器 AGS の2 つの研究グループがほぼ同時に発見したものだ。 興味深いのは、これら2 つの実験で、粒子が崩壊する逆のプ ロセスを見ることから発見に至ったことだ。SPEAR では、電 子と陽電子を衝突させてJ/ψ中間子を生成、その崩壊の様子 を観察した。一方、AGS では、陽子を標的に衝突させ、そこ から生まれる電子と陽電子の様子を調べ、その経過でJ/ψ中 間子が生成されていることを確認したのである。違う方向から 行った研究が、同じ結果に導かれたということになる。
また、トップクォークの研究でも、CERN の電子陽電子加 速器LEPと、米フェルミ国立加速器研究所(Fermilab)の陽 子反陽子衝突加速器テバトロンの実験データをお互いにフィー ドバックすることで、理解が一気に深まった。 LEP 加速器で の実験の結果、トップクォークの質量が予言された。そこで、トピックス 強力なハドロン加速器テバトロンで予言された質量近辺を徹 底的に捜索し、1995 年、トップクォークに発見に至ったのだ。 テバトロンで行った研究成果は、LEP の実験にフィードバック された。そして、この実験ではヒッグス粒子の質量の上限が 導き出された。その成果が、再び、今回のLHC でのヒッグス 粒子発見へとつながっているのである。
このように、科学的にはその必要性が明確であるILC だが、 駒宮氏は「大きな科学プロジェクトを進める為には、政治、産 業界、官界との連携が重要になってきます。特に日本では、 このような動きが相当進められていますが、国際的に進めるこ とが必要です。国際プロジェクトとして各国の議論の俎上にの せることが、LCB の使命です」と語る。
「LCB の目標は『国際協力でリニアコライダーを作り上げる』 ことです。国際組織のあり方の検討や、建設サイト決定に至る 活動への支援など、課題はいろいろあります。国際協力です から、みんないろいろと意見が違う。しかし実験グループでは、 これまでも国際協力で大きな成果を挙げた経験を数多く持っ ています。リニアコライダー実現は可能だと信じています」。
2 月に新組織が正式に発足した後も、6 月まではGDE と RD と連携して作業が進められる。6 月には技術設計報告書 の完成版が刊行され、引き継ぎのセレモニーが行われる予定 だ。
※高エネルギー加速器の建設や利用における国際協力、超高エネル ギー加速 器施設の建設に必要な技術についての検討などを行うための組織で、日本、 米国、ロシア、中国、カナダ、CERN 加盟国などからの委員で構成される。 純粋・応用物理学国際連合(IUPAP)のワーキンググループとして、1976 年 に設立された。