ATF2 の収束磁石(4 極磁石) とムーバー架台。上の 赤いものが収束磁石、下に2本の銀色の丸棒が見え る。この丸棒が位置調整機構の要。3本目は短く奥 にあるので写真ではほとんど見えない。
「架台」とは聞き慣れない言葉かも 知れない。「架台」は工学用語で、装 置を支える構造物の事である。加速器 の性能維持のため、加速器を構成する コンポーネント(磁石や空洞など)は 極めて精密なアライメント(位置関係 の保持)が必要とされる。コンポーネ ントはそれぞれ架台の上に設置されている。架台には精密なアライメン トを実現するために、調整機構が備えられている。車の運転席もそれ用 の架台の上にあり、運転する人の身長や手足の長さに合わせて席の上下 前後が出来るようになっているのと同じである。
地盤の微妙な変形や沈下の影響を受ける大型の加速器は、時々コン ポーネントの位置の再調整が必要になる。その時は測量機で覗いて位置 を精密※1に測り、位置を調整し直す。皆さんは工事現場などで三脚に 据え付けられた機械を覗き込んでいる人を見かけたことがあると思う。 あれが測量機だ。加速器の測量は精度が格段に高いが、基本的には同じ 事をやっている。さて架台にはどんな調整機構が備えられているのだろ うか。実は、ほとんどの場合、驚くほど簡便な機構が用いられている。 一番多く使われるのはネジを使って押したり引いたりする機構である。 多くの加速器では数年~1年くらいの周期で、各コンポーネントの位置 を測定し、この機構を使って人間がネジを廻して位置を修正・調整する。 これに対して KEK の 先端加速器試験施設(ATF)※2 や多くの最 新の放射光用リング加速器では「ムーバー架台」と呼ばれるものが用い られている。これらは電動で位置を精密に調整出来るすぐれもので、通 常は4~6個くらいのコンポーネントが一つの架台に載っている。電動 なので位置の調整が容易で、その分頻繁に調整が出来、より精密なアラ イメントが可能になる
写真は ATF2 ※3のムーバー架台。3本の銀色の丸棒が並んで位置 調整機構を構成する。アメリカのスタンフォード線形加速器センター (SLAC)が製作したものだ。3本の丸棒はすべてほんの少し真円から ズレている。このズレは実物をじっくり見ても、気がつかないくらい微 小で、もちろん写真を見ても判らないと思う。この3本が同期して同じ 向きにまわったり、別の向きにまわったりすることで、ミクロン単位の 精度で磁石の位置を調整出来るだけでなく、角度の調整もできる。
ATF2 では、すべての収束磁石に一つ一つ独立に遠隔操作で制御出 来るムーバー架台が用いられている。ここまで高性能な調整機構を備え ているのはSLAC の最終収束試験施設ビームライン(1996 年まで稼働) とKEK のATF2 ビームライン(現在稼働中)だけである。 もし加速器を見学する機会があれば架台にも注目してみよう。大きさ や形の異なるいろんな架台、いろんな調整機構があってメカ好きの人は きっと楽しめると思う。
* 1:ものによるがだいたい数十ミクロンくらいの精度。 * 2:ILC のダンピング・リングの研究のための円形加速器 * 3: ILC の最終収束システムの研究のためのビームライン。ATF から取り出した ビームを極小サイズに絞る。