ノーベル賞でたどる素粒子の発見物語:「天体物理学への先駆的貢献、特に宇宙ニュートリノ の検出」その1

コラム

21世紀に入って間もない2002年のノーベル物理学賞はそのテーマは宇宙関連の賞でしたが、日本の小柴博士が受賞されたので、このコラムでもとりあげようと思います。この年のノーベル物理学賞は「天体物理学への先駆的貢献、特に宇宙ニュートリノの検出」との理由で日本人の小柴昌俊博士と米国のレイモンド・デイビス博士が、そして「宇宙X線源の発見を導いた天体物理学への先駆的貢献」との理由でリカルド・ジャッコーニ博士の3名が受賞しています。

 

まず、今回の「その1」ではデイビス博士の研究をとりあげます。

 

1930年代はアインシュタインの相対性理論が発表されてから30年以上たっていましたが、ようやく太陽のエネルギー源がE=mc2ではないかと考えられるようになってきました。太陽の中で水素の原子核である陽子が中性子と陽電子と電子ニュートリノに変化する逆ベータ崩壊がエネルギー源だとすると太陽系の年齢が46億年になることを説明できるのではないかとの考えが提唱されました。

 

水素の原子核である陽子が4個あって、そのうちの2個が逆β崩壊により2個の中性子と2個の陽電子と2個のニュートリノになり、2個の中性子ともともとの2個の陽子とが合体してひとつにまとまればヘリウム原子核になります。原子核が融合して新しい原子核ができる反応は「核融合反応」と呼ばれます。陽子2個と中性子2個の質量を単純に足した方がヘリウム原子核1個の質量より大きいのでこの核融合反応が起きると、質量は小さくなり、質量が失われたように見えます。その失われた質量分がE=mc2の関係によりエネルギーとして解放され、その解放エネルギーが太陽の放出エネルギーの源であるのではと考えられました。

 

本当に核融合が太陽のエネルギー源なのか?核融合でできたニュートリノが本当に太陽からきているのか?観測されるニュートリノの数とニュートリノのエネルギーがベータ崩壊から期待されるものとおなじなのか?これらが一致してはじめて太陽のエネルギー源が核融合によるものだと言えます。

 

 

レイモンド・デービス博士は1950年代に入り、太陽からのニュートリノをとらえるために四塩化エチレンという洗剤に使われている液体中の塩素によってニュートリノを捕まえる実験を始めました。自然界に存在する塩素は質量数が35と37の同位元素が3対1の割合で混じって存在しています。塩素37の場合、ニュートリノが原子核に吸収されて電子に変わると、原子核はマイナスの電気を失うので原子番号が一つ増えてアルゴン37になります。液体中にヘリウムの泡を吹き出させると、その泡の中にアルゴンが発生するので、アルゴンを回収します。アルゴン37は35日の半減期でベータ崩壊をしてもとの塩素37に戻ります。この崩壊はイオン化を伴うので比例計数管という小さな測定器で崩壊した数を数えることができます。

 

 

1960年代、デイビス博士は宇宙線中ミューオンの影響を避けるため米国サウスダコタ州ホームステイク金鉱の地下1600メートルの地点を掘削し約38万リットル、重さ615トンにおよぶ大量の4塩化エチレンの液体を貯める観測装置を建設し、1968年から太陽ニュートリノの観測を開始しました。

 

 

実は4個の陽子がぶつかって1個のヘリウム原子核が生まれることは起きません。まず2つの水素の衝突から重水素と陽電子とニュートリノが作られ、その作られた重水素が近くにある陽子とすぐに反応してヘリウム3とガンマ線になり、、、と順々に2つの粒子の衝突による反応が続きていきます。このため作られるニュートリノのエネルギーの分布は最大1500万電子ボルトからゼロ電子ボルトまで広がっています。しかも塩素が反応するのは80万電子ボルト以上のエネルギーを持つニュートリノだけです。標準的な太陽模型の計算によると地球上に降ってくる80万電子ボルト以上の太陽ニュートリノの流量は毎秒1平方センチメートルあたり約40億個です。容器の断面積がおよそ53平方メートルなので、デイビス博士の装置に降り注ぐ80万電子ボルト以上のエネルギーを持つ太陽ニュートリノの数は毎秒2000兆個になります。この値にフェルミ博士のニュートリノの理論を適用すると観測頻度が計算でき、その値は1日当たり、たったの1.5個です。ニュートリノの観測がいかに難しいかがわかります。

 

 

デイビス博士は1968年に予備実験を開始。1970年から本観測を始めその結果は1日あたり1.5個の予想に反し、0.5個しか観測されませんでした。デイビス博士はその後も観測を続け20年間の平均はアルゴンの観測数は理論予想の29パーセントであることが判明しました。これが「太陽ニュートリノ問題」と呼ばれた謎でした。

 

 

(その2)へ続く。