H.Tada

所要時間:約9分

図1. 参加者とスタッフ一同。 /<i class='fa fa-copyright' aria-hidden='true'></i> KEK IPNS

図1. 参加者とスタッフ一同。 / KEK IPNS

2021年8月8~10日と12日に、高校生のための素粒子サイエンスキャンプ「オンラインBelle Plus(ベルプリュス)」を奈良教育大学とKEKの共催で開催しました。第15回目となる今年度は、山形から沖縄まで全国から16名の高校生が参加しました(図1)。Belle Plusとは、KEKつくばキャンパスのKEKB加速器を用いたBelle実験(注)で実際に行ってきた最先端の研究活動を、高校生の皆さんに体験してもらうことを目的とした素粒子サイエンスキャンプです。毎年夏にKEKつくばキャンパスにて3泊4日の合宿形式で開催してきましたが、新型コロナウィルス感染症の影響により例年通りの開催は困難となったため、昨年度に引き続きオンライン形式での開催となりました。

オンラインBelle Plusはビデオ会話ツールとチャットコミュニケーションツールを用いて実施しました。Belle Plusでは主に、3つのコースに分かれた実習を行います。前半では、現役のBelle/Belle II実験グループの研究者による講義やオンライン施設見学なども実施しました。また、最終日は実習の成果発表会が開かれます。

初日の講義では、樋口岳雄 准教授(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構)が「Belle IIが拓く新しい素粒子の世界」というタイトルで素粒子物理学の基本事項からBelle実験、Belle II実験が始まるまでの物理学の発展の歴史やBelle/Belle II実験の概要・魅力・将来展望等を紹介しました。施設見学では、あらかじめ撮影されたSuperKEKB加速器とBelle II測定器やコントロール室の映像を流しながら、研究者が施設や装置の説明をしました。2日目にはKEK広報室・科学コミュニケータの髙橋将太さんによるサイエンスカフェも行われました。講義とは一味違うリラックスした雰囲気の中、クイズ形式で楽しみながら素粒子やKEKについて学べるプログラムとなっていました。

コース別実習はBelleの実験データの中から粒子を探索する研究(B-Lab班)、ワイヤーチェンバーを用いて宇宙線の降り注ぐ角度を測定する研究(チェンバー班)、Belle実験で観測可能な現象の理論的研究(理論班) の3種あり、参加者はいずれかの班に分かれて実習に取り組みました。

B-Lab班は、新粒子探索プロジェクト「B-Lab(ビーラボ)」を用いて、Belle実験で実際に収集した実験データを解析し粒子を探索します。最初はピンポン球を用いて電子・陽電子衝突を再現し、計算表を使って粒子の質量を計算することで、データ解析の流れを理解しました(図2)。その後は粒子探索プログラムを参加者自身で作成し、手元のパソコン上で実行して様々な粒子を探索する物理解析を行いました。

図2. ピンポン球を用いて電子・陽電子衝突を再現する様子。奈良教育大学のスタッフがピンポン球を用いて1回の電子・陽電子衝突を再現し、参加者は1回の衝突で得られたデータを模式的に表した教材を使って実習に取り組みました。

図2. ピンポン球を用いて電子・陽電子衝突を再現する様子。奈良教育大学のスタッフがピンポン球を用いて1回の電子・陽電子衝突を再現し、参加者は1回の衝突で得られたデータを模式的に表した教材を使って実習に取り組みました。

理論班は、素粒子の振る舞いを記述する標準理論を学び、どのような素粒子の振る舞いが考えられるか考察します。素粒子物理学や「ファインマン図」という素粒子の反応過程を表す図に関して担当教員の講義で学んだ後、初日から様々な反応の中間過程を考えファインマン図を描く演習を行いました(図3)。

図3. 理論班参加者が考えたファインマン図の一例。描いた図をビデオやチャットで共有しながら班全員で考察を進めました。

図3. 理論班参加者が考えたファインマン図の一例。描いた図をビデオやチャットで共有しながら班全員で考察を進めました。

B-Lab班と理論班は実習後半で互いに協力して研究を進めます。B-Lab班は、理論班が予想した素粒子反応が実験データで検証可能なのか、自分達で作り上げた解析コードを用いて調べました。一方理論班は、B-Lab班が実験データから見つけた信号のようなものがどのような粒子なのか、新粒子発見の可能性も検討しつつ標準理論を基に調べました(図4)。

図4. B-Lab班と理論班が考察した信号の一例。

図4. B-Lab班と理論班が考察した信号の一例。

チェンバー班は、荷電粒子の飛跡を捕らえる「ワイヤーチェンバー」という検出器を用いて宇宙線が降り注ぐ角度を測定します。使用するワイヤーチェンバーは、KEKのスタッフが工程を説明しながら製作し、完成後はKEKからの中継映像を見ながら全員で測定結果を解析します(図5)。実習では、紫外線とX線の透過率を調べたり、ワイヤーチェンバーの角度を変えつつ空から降り注ぐ宇宙線を観測し、ワイヤーチェンバーの角度と宇宙線の数の関係を調べたりしました。

図5. チェンバー班の実験風景。ワイヤーチェンバーの製作とそれを用いた測定自体はKEKのスタッフがKEK内で実施しますが、参加者はその中継映像を見ながら測定結果を解析、考察しました。

図5. チェンバー班の実験風景。ワイヤーチェンバーの製作とそれを用いた測定自体はKEKのスタッフがKEK内で実施しますが、参加者はその中継映像を見ながら測定結果を解析、考察しました。

実際に集まって実験を進めることは叶いませんでしたが、参加者は皆、教員、大学院生スタッフと一緒にビデオやチャットを駆使して得られた結果を議論し、発表会に向け協力しながら内容をまとめていました。最終日の発表会では、3日間学んだ内容や解析結果と考察を15分にまとめて発表しました。 各班とも質疑応答の時間には多くの質問が上がり、議論が盛り上がっていました。

終了後の参加者アンケートからは「研究という仕事を体験できたことで、より具体的に将来を考えることができました」、「ここまで素粒子物理学に没頭できたのは初めてで、より一層自然科学や物理学が好きになりました」といった声が寄せられました。

実行委員長の片岡佐知子 特任准教授(奈良教育大学理数教育研究センター)は「対面実施は叶わず、オンラインで一定の制限があったものの、全国各地から参加した生徒さん達は素粒子研究の現場を身近に感じながら研究体験ができたのではないかと思っています。同時に、様々な試行錯誤や議論を通して学びを深めてくれたのではないかと感じています。」と、一層たくましくなった参加者達への感想を語りました。

副実行委員長の中山浩幸 助教(KEK 素粒子原子核研究所)は「オンラインならではの難しさもありましたが、生徒さんはそれぞれの場所から積極的に参加してくれました。生徒さん同士での活発な議論も盛り上がっており、非常に頼もしく感じました。」と4日間の実習を振り返ってコメントしました。

用語解説

注. Belle実験
小林誠・益川敏英両博士の2008年のノーベル物理学賞受賞に貢献した実験。現在はBelle実験のデータ解析も行いつつ、KEKB加速器とBelle実験をアップグレードしたBelle II実験が行われています。


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