世界最高感度で反物質優勢の世界に迫る -BESS-Polar実験-

 

4月20日(金)、日米合同で実施されているBESS-Polar(ベスポーラー)実験※1に参加する高エネルギー加速器研究機構(KEK)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、東京大学によりプレス発表が行われました。2004年と2007-2008年の2度の観測に成功、得られた4800万例のヘリウム原子核のデータを解析したところ反ヘリウム原子核は1例も観測されませんでした。そして、今回の結果にBESS-Polar実験の前身となるBESS(ベス)実験※2のデータを合わせることでヘリウム原子核に対する反ヘリウム原子核の比の上限値が6.9×10-8となり、反ヘリウム原子核はヘリウム原子核に比べて1千万分の1以下の割合でしか存在せず、反ヘリウム原子核は私達の周りにほぼ存在していないということが分かりました。この結果は反ヘリウム原子核の存在を世界最高感度で調べることができたということを示すとともに、私達の住む世界は「物質」が優勢の世界であり、「反物質」が優勢の世界は私達の周囲には存在しないことを示すものです。


図1 大型大広角超伝導スペクトロメータ。重量はおよそ2トン。開発にあたっては高エネルギー加速器研究機構の技術も大きく貢献している。


図2 大型大広角超伝導スペクトロメータをチェックしている様子

BESS-Polar実験は大型大広角超伝導スペクトロメータと呼ばれる検出器(図1、図2)を気球を用い南極上空36㎞を超える高空へ打ち上げ(図3、図4)、宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線を地球大気の影響を受けることなく高精度で観測、宇宙線に含まれる可能性のある反物質の探索を行う実験です。

私達が住む世界はさまざまな粒子が形作る「物質」から出来ています。一方、質量などは同じで電荷の符号が異なる「反粒子」が形作る「反物質」は加速器などでは作り出すことが出来るものの、私達の周りに自然には存在していません。しかし、今から約137億年前に宇宙が誕生したばかりの頃、物質と同じだけの反物質が存在していたと考えられています。どうして反物質は消えてしまい、私達の住む世界は物質ばかりの世界になってしまったのでしょう。


図3 打ち上げ直前の様子

この物質と反物質の非対称の謎を解く鍵の一つが、KEKのBファクトリー実験により観測されたB中間子におけるCP対称性の破れです。第3世代のクォークが存在するならばB中間子を含むハドロンと呼ばれる粒子でCP対称性が破られると予言した小林・益川の両博士が、日本・米国での実験による実証を得て、2008年にノーベル物理学賞を受賞しました。しかし、測定されたB中間子におけるCP対称性の破れの大きさだけからでは、現在の反物質の少なさが説明できないことも判明し、いまだに大きな謎となっています。


図4 打ち上げの瞬間

一方で、宇宙は誕生した頃から均一ではなくムラがあったということから、宇宙のところどころに反物質が自然に存在する場所が残されているのではないかという可能性も指摘されていました。

こうした反物質を宇宙から地球に降り注ぐ宇宙線の中から探し出し、反物質にまつわる謎を直接検証するため提案されたのが1993年より観測がはじまったBESS(Balloon-borne Experiment with Superconducting Spectrometer)実験です。BESS実験はカナダ北部マニトバ州リンレークにて行われ、2002年までに9回の観測を行うことが出来ました。BESS実験では宇宙線の主成分である陽子やヘリウム原子核などを観測する中で、極微量に含まれる反陽子の観測に成功し、そのほとんどは宇宙を飛んでいる陽子と星間物質(水素原子中の陽子)の衝突により作られたもので、その他の要因で作られたものではないということを突き止めました。また、反ヘリウム原子核は1例も見られませんでした。しかし、BESS実験では一度に1日から2日の観測を行うのが限界で、ほとんど存在しないとされる反物質の探索にとってはより長時間の観測が必要でした。そこで2001年より準備が進められたのがBESS-Polar実験です。BESS-Polar実験の観測場所として選ばれたのは南極上空でした。南極上空には、南極点を中心としてぐるぐると周回する風が吹いています。この周回する風に気球を乗せることで、20日以上の長期間の観測が可能となります。また、低いエネルギーの宇宙線は磁極付近では地球の地磁気の影響で遮断されることが少なく、宇宙線と星間物質の衝突以外の要因で生成される反陽子を探すにも最適な環境でした。これは、低いエネルギーの反陽子が、宇宙線と星間物質との衝突で生成されにくいためです。


図5 2007‐2008年の観測時に気球が周回した経路


図6 BESS-Polar測定器回収時の様子。データを保存していたハードディスクは2007-2008年の観測終了時に速やかに回収されたが、測定器本体の回収は2年後の2010年に実施された(2007-2008年の観測終了直後は、南極の夏が終わりに近づいていたこともあり十分な作業日数が確保出来なかったためである)。


図7 "Group Achievement Award"受賞時にアメリカ航空宇宙局(NASA)より贈られた受賞盾

こうしてBESS-Polar実験に向け、新しい超伝導スペクトロメータの開発、測定器の重量の軽減、測定器に電源を供給し続ける太陽電池電源システムの開発などあらゆる工夫が施されました。そして2004年8月に測定器の組立が完了、2004年12月13日に南極にある米国マクマード基地近くで打ち上げが行われ最初の観測がはじまりました。気球は南極を周回しロス棚氷上へ着地、8.5日の観測を終えました。また、2007年12月23日に打ち上げを行った2007-2008年の観測(図5、図6)では、24.5日という長期間の観測を行うことができました。 この2007-2008年の長期間の観測に対しては、30日間近くに及ぶ気球実験の成功を称えるものとして2009年にはアメリカ航空宇宙局(NASA)より"Group Achievement Award"を受賞しています(図7)。


図8 BESS実験の結果とBESS-Polar実験の結果は、ヘリウム原子核に対する反ヘリウム原子核の存在比の上限値を更新し、世界最高感度を達成した。

BESS-Polar実験では、56億例の宇宙線を観測することに成功しました。そして、観測したデータからヘリウム原子核と反ヘリウム原子核を選別したところ、4800万個のヘリウム原子核が観測された一方、反ヘリウム原子核は1つも含まれていませんでした。このBESS-Polarの結果とBESS実験の結果を合わせるとヘリウム原子核に対する反ヘリウム原子核の存在比の上限値としては、それ以前の観測結果の千倍の精度を上回る6.9×10-8という結果(図8)が得られ、世界最高感度を達成、私達の周りには「反物質」はほとんど存在しないことが示されることとなりました。この成果は、アメリカ物理学会が発行する学術誌「Physical Review Letters」(2012年3月30日)にも掲載され、「編集者が推薦する興味深い成果(Editors'Suggestion)」に選ばれました。さらには、Nature Physics 5月号でもハイライトとして取り上げられ、高い注目を集めています。

BESS実験とBESS-Polar実験に用いた超伝導技術や粒子検出技術には高エネルギー加速器研究機構の技術が大きく貢献しています。そして各研究機関と日米間の緊密な連携が今回の世界最高感度達成につながりました。

補足説明

※1 BESS-Polar実験
BESS実験の成果を踏まえて、南極周回長時間気球飛翔による飛躍的な感度向上を目指した日米共同宇宙粒子線観測気球実験。高エネルギー加速器研究機構(KEK)、宇宙航空研究開発機構/宇宙科学研究所、東京大学、神戸大学、NASAゴダードスペースフライトセンター、メリーランド大学、デンバー大学が参加している。

※2 BESS実験
BESS-Polar実験の前身となる日米共同宇宙粒子線観測気球実験。主にカナダ北部で実施されてきた。高エネルギー加速器研究機構(KEK)、宇宙航空研究開発機構/宇宙科学研究所、東京大学、神戸大学、NASAゴダードスペースフライトセンター、メリーランド大学が参加。

関連サイト

BESSグループ
Physical Review Letters
論文名:Search for Antihelium with the BESS-Polar Spectrometer
Nature Physics 5月号 / News and Views
Antimatter: Anything out there?

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