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2.2 実験グループと測定器


トリスタンでは4箇所の衝突点にVENUS(ビーナス、図2)、 AMY(エミー、図3)、TOPAZ(トパーズ、図4)と名付けられた3つの大規模・汎用実験装置と、1つの特殊実験装置SHIP(シップ、図5)が設置された。

電子・陽電子衝突で反応が起こると、生成された粒子が衝突点から同時に四方に飛び散る。その反応には多くの種類があるが、素過程であるためすべての現象が物理的に興味深い研究対象となる。しかし、各々の反応頻度は非常にまれなので、 これらのすべてのタイプの反応の研究を、1つの実験装置で効率よくまかなおうというのが汎用実験の狙いである。そのためには、衝突点をできるだけ隙間なく囲み、1事象ごとに発生した全ての粒子の諸性質を瞬時にしかもできるだけ正確に測定・記録する必要があり、以下に見るように大規模の実験装置(図6)が必要となる。

一方、特殊実験では、電子・陽電子衝突の特定の反応(特に汎用実験では手が回らない特殊な反応)に狙いを定め、その測定に最適化された実験装置を用いる。SHIP実験は、衝突点を特殊なプラスチック板(CR39)で囲んだ超小型の測定器で、「モノポール探索」を目的とした特殊実験である。通常の粒子はこの板に痕跡を残さないが、モノポール(磁石のSまたはN極ー方しか持たない未発見の仮説粒子)は非常に大きな電離作用により特別な痕跡を残すはずである。この痕跡を探すことによりモノポールを発見しようという実験である。

汎用実験では、測定器により観測・記録された情報から、コンピュータでもともとの素粒子反応を再構成し、その種類と頻度・内容、発生した素粒子の性質(寿命、崩壊の様子)等の「物理量」を導きだす。反応により発生する「粒子」は多岐にわたるが、クォークや短寿命の粒子は直ちに崩壊してしまうので、実際に測定器で観測できるのは以下の数種類の「安定」な粒子である。

・荷電粒子:電子、ミューオン、パイ中間子、K中間子、陽子

・中性粒子:光子、(ニュートリノ、中性子等も安定な粒子であるがトリスタンの測定器では検出しない)

事象の再現のためには、反応により発生した粒子の各々の種類、電荷、エネルギー・運動量、発生方向等を検出器により精密に測定しなければならない。これらの粒子は目に見えない極微のものであるが、物質を通過するときの相互作用により、わずかな痕跡を残す。粒子検出器はその痕跡を微弱な電気信号に変換し、高速エレクトロニクスを使って素早く記録するものである。しかし万能の検出器はないので、トリスタン実験では、目的に応じて数種類の検出器を組み合わせることにより必要な情報を得ている。

  • 荷電粒子飛跡検出:荷電粒子はガス中を通過すると、電離作用により通路に沿って電子・イオン対を作る。その電子の発生位置を多くの地点で測定することにより粒子軌道(発生方向)がわかる。超伝導ソレノイド電磁石により、飛跡検出部に一様な磁場をかけておき、粒子軌道の曲率により運動量を測定する。
  • カロリメーター:光子・電子は鉛のような重い物質に入ると電磁シャワーを起こす。シャワーの量と位置を測定することにより、光子・電子のエネルギーと位置がわかる。
  • 電子・陽電子識別:荷電粒子の内、電子・陽電子のみがカロリメーターでシャワーを起こすので、2つの検出器の情報を合わせて識別することができる。しかし、パイ中間子等もたまにシャワーを起こすので、他の検出器(電離量、遷移輻射、放射光)と併用して純度を上げている。
  • ミューオン識別:ミューオンは他の荷電粒子と違って厚い物質をつき抜ける性質があるので、厚い鉄板の後ろに荷電粒子検出器を置くことにより識別する。
  • ハドロン識別:ハドロン族であるパイ中間子、K中間子、陽子は物質との相互作用にあまり違いがない。これらを分別するには、質量の違いによる飛行時間や電離量の違いを利用する。飛行時間の測定は、時間分解能の良いシンチレーションカウンター(TOF)を使う。
  • バーテックス検出:粒子の発生点及び崩壊点の精密測定のために、小型ながら高性能の飛跡検出器を衝突点にできるだけ近く設置する。
これらの検出器とともに、検出器からの電気信号の増幅・計測・処理をするエレクトロニクス系、コンピュータによる全体の制御及びデータ収集・転送を行うオンラインシステム、解析のためのソフトウエア・コンピュータシステムも実験の重要な要素であり研究開発がなされてきた。

表4に3つの測定器の性能・特徴を要約した。各実験装置ともに、上記の基本機能に従って構成されているが、重点の置き方に違いがありそれぞれ独自性を持つとともに相補的でもある。

VENUSとTOPAZは2,500トン級の大型測定器であるが、AMYは3テスラの高磁場超伝導ソレノイドを使用し、荷電粒子飛跡検出部の小型化をはかった700トン級の測定器である。そのため他の粒子をフィルターする鉄を厚くすることができ、高純度のミューオン識別が可能となる。また図7に見られるように、多層二次元読み出しのカロリメーター(SHC)で、電磁シャワーの形状による電子・光子の識別が可能である。 TOPAZは、中央飛跡検出器としてタイムプロジェクションチェンバー(TPC)を使い、図8に示すように多粒子の軌跡を直接三次元的に測定することができる。またTPCは、電離量の測定により電子・パイ中間子・K中間子・陽子の識別を行うことができる多機能の検出器であり、TOPAZ測定器の中核をなしている。 VENUSは、各検出器の調和のとれた測定器であり、荷電粒子及び光子を広角度にわたって精密に測定できる。検出器の物質量をできるだけ少なくする、鉛ガラスカロリメーターの各要素を衝突点に向ける等、精密測定のための配慮がなされており総合性の高い測定器である。その遷移輻射検出器はコライダー実験では最大級のもので、信頼性の高い電子の識別を可能にしている。図9にVENUS測定器での観測した事例を示す。

以上にみるように、各測定装置は大掛かりなものなので、表5に示すように多くの研究機関の研究者で共同実験グループを結成し、役割を分担し合い測定器の設計・建設、長期にわたるデータ収集と物理解析を進めてきた。


  
Figure 2: VENUS測定器の1/4断面図 Figure 3: AMY測定器の1/4断面図
 
Figure 4: TOPAZ測定器の1/4断面図
  
Figure 5: SHIP測定器 Figure 6: TOPAZ測定器の全体とテータ読み出しシステムのためのエレクトロニクス・ハット
  
Figure 7: AMY測定器で観測された電子・陽電子対発生事象。多層2次元読み出しのカロリメーターにより検出された電子・陽電子シャワーの形状を右側に示してある。 Figure 8: TOPAZ測定器で観測されたクォーク対発生事象のオンライン表示。粒子の飛跡が直接3次元的に観測される。また、δ線の特徴的な螺旋軌道もはっきりと観測されている。δ線は粒子の飛跡に沿って電離された電子の中で、まれに比較的大きなエネルギーを持ったものである。
 
Figure 9: VENUS測定器で観測されたクォーク対発生事象。緑色で示した飛跡はミューオンである。下図に衝突点近傍を拡大して示す。バーテックスチェンバーにより、衝突点(PV)より離れた2個の崩壊点(SV)が測定されている。

 

測定器VENUSTOPAZAMY

  目的・特徴:汎用・大型・総合性汎用・大型・多機能汎用・中型・高磁場
  荷電粒子測定:   
ソレノイド磁場0.75テスラ1.0テスラ3.0テスラ
中央飛跡検出器多線ドリフトタイムプロジェクション多線ドリフト
 [Central Drigt Chamber][TPC][CDC]
 ステレオ三次元再構成飛跡の直接三次元測定ステレオ三次元再構成
運動量測定精度(0.8・+1.3)%(1.0・+1.0)%(0.6・+〜1.0)%
他の飛跡検出器内部、外部、端部内部、外部、端部内部、端部
 [Trigger, Outer, Forward][TCH, BDC, EDC][ITC, FTC]
  粒子発生点バーテックス測定:  
検出器ジェット型チェンバー同左チューブ型
 [Vertex Chamber][VTX][VTX]
測定精度=120=120
  エネルギー測定カロリメーター:  
中央部鉛ガラス鉛ガラス鉛ガスチェンバー
 高精度エネルギー測定同左シャワーの形状の測定可
 [Lead Glass counter][BCL][SHC]
端部鉛+液体アルゴン鉛+ガスチェンバー鉛+シンチレータ
 [Liquid Glass counter][ECL][ESC]
前方部鉛+シンチ・ファイバー結晶鉛+シンチ・ファイバー
 [Active Mask][FBC, LUM][SAC, BPC]
測定精度(中央部)(7/+2.5)%(23/+6)%(8/+2.5)%
包囲角2.6〜177.4度3.6〜176.4度1.9〜178.1度
  粒子識別:   
電子・陽電子電磁シャワー+遷移輻射電磁シャワー+電離量電磁シャワー
 [Transition Radiation][BCL]   [TPC][SHC]
ミューオン鉄(80cm)+チェンバー鉄(80cm)+チェンバー鉄(165cm)+チェンバー
 [Muon Filter+chamber][Muon Filter+BMU, FMU][Return Yoke+MUON]
ハドロン飛行時間差飛行時間差+電離量なし
 [Time-of-Flight coumter][TOF]   [TPC] 
  構造体:
形状四角柱八角柱六角柱
大きさ10×10×10m310×10×10m36×6×6m3
重量〜2,500トン〜2,500トン〜700トン

測定器SHIP  

  目的・特徴:特殊・超小型プラスチック板による異常大電離量の測定のみ

  Table 4: トリスタン測定器の性能・特徴
  注) 内は測定器図中の名称。


 

  AMY:米・日・韓・中・フィリピン 

  ロチェスター大学(中央・端部飛跡検出器)ルイジアナ州立大学(ミューオン検出器)
  南カロライナ大学(トリガー)オハイオ州立大学(内部飛跡検出器、高電圧装置)
  カリフォルニア大学(バーテックス・内部飛跡検出器)ヴァージニア工科大学(中央カロリメーター)
  ミネソタ大学(線検出器)ラトガース大学(中央カロリメーター)
  ハワイ大学(中央飛跡検出器、オンライン)中国高能物理研究所(トリガーカウンター)
  高麗大学(端部カロリメーター)慶北大学(端部カロリメーター)
  ソウル国立大学(ソフトウエア)慶尚大学(ソフトウエア)
  フィリピン大学(ソフトウエア)新潟大学(線検出器)
  佐賀大学(端部カロリメーター)中央大学(ソフトウエア)
  東京工業大学(ミューオン検出器)埼玉大学(線検出器)
  日本歯科大学(ソフトウエア)甲南大学(ソフトウエア)
  高エネルギー研(構造体、前方カロリメーター、他全般)

  TOPAZ:日・米 

  東京大学(中央飛跡検出器、TOF)東大・原子核研究所(内部・外部飛跡検出器)
  東京農工大学(内部・外部飛跡検出器) 東京工業大学(ソフトウエア)
  名古屋大学(端部飛跡検出器・カロリメーター)奈良女子大学(前方カロリメーター)
  帝塚山学院大学(ソフトウエア)大阪市立大学(ミューオン検出器)
  神戸大学(バーテックス検出器)工学院大学(ソフトウエア)
  パーデユー大学(バーテックス検出器)高エネルギー研(構造体、中央カロリメーター、他全般)

  VENUS:日 

  東北大学(ソフトウエア)筑波大学(ミューオン検出器)
  東京都立大学(バーテックス、前方カロリメーター)広島大学(トリガー、遷移輻射検出器)
  和歌山医科大学(内部飛跡検出器、TOF)大阪大学(中央カロリメーター、遷移輻射検出器)
  京都大学(バーテックス・内部飛跡検出器、TOF)東北学院大学(ミューオン検出器)
  神戸大学(外部飛跡検出器)宮崎大学(ソフトウエア)
  岡山大学(TOF)東邦大学(ソフトウエア)
  茨城高専(ミューオン検出器)工学院大学(ソフトウエア)
  鳴門教育大学(ソフトウエア)福井大学(中央カロリメーター)
  ヘルシンキ大学(トリガー、ソフトウエア)国際基督教大学(ソフトウエア)
  筑波技術短期大学(ソフトウエア)安田女子短期大学(ソフトウエア)
  高エネルギー研(構造体、中央飛跡検出器、端部カロリメーター、他全般)

  SIIIP:米・日 

  ハーバード大学(飛跡検出器)カルフォルニア大学(ソフトウエア)
  岐阜大学(ソフトウエア)宇宙航空研(ソフトウエア)
  高エレルギー研(検出器架台・駆動装置、ルミノシティーモニター、他)

  Table 5: トリスタン実験グループの参加機関 及び 主な役割分担


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