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2. トリスタン計画までの状況

2.1 トリスタン加速器

2_1_1 コライダーとは?


トリスタン加速器は、コライダー(衝突型加速器)と呼ばれるものの一つとして分類できる。コライダーとは、反対方向に運動する二つのビームを、一カ所(または数カ所)の衝突点で衝突させるための加速器である。物理実験は、その衝突で生じる素粒子反応を観測する事により行われる。これに対して、コライダーが発達する以前の素粒子実験では、固定ターゲットに加速された粒子をぶつけるという手法が取られてきた。素粒子反応の生じる頻度を考えた場合、固定ターゲットを用いる方法の方がずっと有利である。しかしコライダーの場合、後で述べるように固定ターゲットの方法に比べて素粒子反応に利用できる有効エネルギーがずっと大きいという利点があり、現在では素粒子実験用の加速器の主流になっている。

コライダーを大別すると、リング加速器を用いるものと、直線加速器を用いるリニアコライダ−(Linear Collider)に分類することができる。リングを用いるコライダーとしては、ビームを構成する粒子の組み合わせによって、陽子・陽子、陽子・反陽子、電子・陽電子、電子・陽子、などいくつかのタイプのものが存在する(表2参照※2)。コライダーは、その性質からいって本質的に二つのリング加速器から成り立つべきものであるが、粒子・反粒子のコライダーでは、二つのビームのエネルギーが等しければ一つのリングで二つのビームを回すことでき、それだけでコライダーを構成することができる。これをシングルリングコライダー(Single Ring Collider)と呼ぶ。トリスタンは、電子・陽電子のシングルリングコライダ−で、電子、陽電子のエネルギーは共に約 30 GeV で運転された。これに対して、例えば、高エネルギー物理学研究所(KEK)で建設のBファクトリー(KEKB)の場合、電子のエネルギ−は8 GeV、陽電子は3.5 GeV であり、二つのリングが必要になる。このようなコライダーをダブルリングコライダ−(Double Ring Collider)と呼ぶ。リニアコライダ−は、高エネルギ−の直線加速器を二本反対方向に対置し、一カ所でビームを衝突させるものであり、現在KEKで計画されているJLC(Japan Linear Collider)がこれにあたる。

リニア コライダ−とリングコライダーを比べた場合、ある程度エネルギ−が低いときはリングを用いるほうが有効である。これは、リングの場合同じ加速装置をビームが回ってくる度に繰り返し用いることができ、非常に効率よくビーム加速が行えるためである。しかし、ビームエネルギ−が高くなるとこの方法が使えなくなる。それは、リング加速器では粒子軌道をリングに沿って曲げる必要があるが、高エネルギ−の粒子の場合、その軌道を曲げるときに放出する放射光によるエネルギ−損失が膨大になり、加速装置でそのエネルギ−損失を補えなくなるためである。電子(陽電子)の場合、リング加速器での現実的な最大エネルギーは、100GeV 程度と考えられる(表2で電子・陽電子の重心エネルギーが陽子・反陽子のそれに比べて小さいのはこのためである)。これ以上のエネルギ−を得るためには、リングの代わりに加速装置を直線に沿って延々と並べるリニアコライダ−が必要になる。

コライダーにとって重要な性能の一つとして衝突エネルギーがある。 エネルギーフロンティア実験の主要な目的は、質量が大きいためにそれまで発見できなかった粒子を探索する事、および発見された粒子について調べる事である。反応によって質量に変換されるエネルギーの最大値は、重心系の全エネルギーで与えられ、系の全エネルギー(Esys)と全運動量(Psys)で作られる次のローレンツ不変量(有効エネルギー=
(1)
で表される。シングルコライダーでは重心系と実験室系が一致するため、(実験室系での)全エネルギーが有効エネルギーになる。これに対して固定ターゲットの場合、入射粒子のエネルギーをm1、固定ターゲット中の標的粒子の静止質量をm2とすると、
(2)
となる。ここで、それぞれの粒子の静止エネルギーは、入射ビームのエネルギーに比べて充分小さいと仮定して無視した。この式からわかるように、固定ターゲット実験の場合、入射ビームのエネルギーを増やしていっても有効エネルギーはその平方根でしか増加しない。例えば、アメリカのフェルミ研究所にテバトロンと呼ばれる0.9TeV・0.9TeV のコライダーがあるが、その有効エネルギーは、1.8TeV である。ところが、もし1TeV のビームを静止している水素ターゲットにぶつけたとすると、その有効エネルギーは、45GeV 程度と非常に低くなってしまう。このことが、現在の高エネルギー実験のほとんどがコライダーで行なわれている理由である。

エネルギーと並んでコライダーの性能を決める重要なパラメータであるルミノシティー(m)は、素粒子反応の頻度の目安となる量であり次のように定義される。
(3)
mは素粒子反応の断面積であり、Nは単位時間にその反応が起きる数である。この式からルミノシティーは、[長さ]-2[時間]-1の次元を持つことがわかる。ルミノシティーを大きくすることにより実験の能率があがり、またmの小さい稀な反応の研究が可能になる。このルミノシティーは、加速器のパラメーターのみで表わされ次のように書ける。
(4)
ここで、N1N2は2つのビームに含まれる粒子数、Aはビームが衝突する点でのビーム断面積、f はビームの周回周波数、kは1つのビームを構成するバンチ数である(粒子のかたまりをバンチといい、電子加速器では一般にビームは複数のバンチから構成される)。ルミノシティーを上げるには上式から、衝突の頻度 m を増やす、N1, 2を増やす、そしてAを小さくすればよいことがわかる。まずkについては、トリスタンのようなシングルリングコライダ−の場合、リング中の2k個所で衝突が起きることが問題になる。ビーム同士の衝突が起きると二つのビームが力を及ぼしあい、ビーム中の粒子の運動が不安定になることが知られているため、測定器が置かれる場所以外での不必要な衝突は避けなければならないのである。トリスタンの場合kは2でありリング中4個所で衝突が起きるように設計された(そしてその4個所に測定器がおかれている)。 f については、高エネルギー電子リングの場合、周長を短くすると電子から放出されるシンクロトロン放射が大きくなるため周長をむやみに小さく、つまり f を大きくすることはできない。トリスタンの場合 f は100kHzである。kと f が決まっているとき、ルミノシティーを大きくするためにはN1, N2(つまりビーム電流)を増やし、衝突する点でのビーム断面積Aを小さくするしかない。後で述べるようにトリスタンの運転では、ビーム電流の増強と衝突点でのビーム断面積Aを小さくすることに多大な努力が払われた。

 

コライダー衝突ビームの種類研究所実験開始年実験終了年最高重心エネルギー
SPEAR電子・陽電子SLAC197219908
DORIS電子・陽電子DESY1973199211.2
CESR電子・陽電子Cornell197912
PETRA電子・陽電子DESY1978198646.8
PEP電子・陽電子SLAC1980199030
BEPC電子・陽電子Beijing19894.4
VEPP-4M電子・陽電子Novosibirsk199412
TRISTAN電子・陽電子KEK1987199564
SLC電子・陽電子SLAC1989100
LEP電子・陽電子CERN1989140
KEKB電子・陽電子KEK(1998)8(e)×3.5(e)
PEP-II電子・陽電子SLAC(1999)9(e)×3.1(e)

SppS陽子・反陽子CERN19811987630
TEVATRON陽子・反陽子FNAL19871,800
HERA陽子・(陽)電子DESY1990電子:30、陽子:820
LHC陽子・反陽子CERN(2004)14,000

  Table 2: 世界の高エネルギーコライダー
 

※2陽子は多数のクォーク、グルーオンよりなる複合粒子であるため、陽子・反陽子コライダーのエネルギーの内、電子・陽電子コライダーのように直接に反応の素過程に消費されるものは一割程度である。

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