リニア コライダ−とリングコライダーを比べた場合、ある程度エネルギ−が低いときはリングを用いるほうが有効である。これは、リングの場合同じ加速装置をビームが回ってくる度に繰り返し用いることができ、非常に効率よくビーム加速が行えるためである。しかし、ビームエネルギ−が高くなるとこの方法が使えなくなる。それは、リング加速器では粒子軌道をリングに沿って曲げる必要があるが、高エネルギ−の粒子の場合、その軌道を曲げるときに放出する放射光によるエネルギ−損失が膨大になり、加速装置でそのエネルギ−損失を補えなくなるためである。電子(陽電子)の場合、リング加速器での現実的な最大エネルギーは、100GeV 程度と考えられる(表2で電子・陽電子の重心エネルギーが陽子・反陽子のそれに比べて小さいのはこのためである)。これ以上のエネルギ−を得るためには、リングの代わりに加速装置を直線に沿って延々と並べるリニアコライダ−が必要になる。
コライダーにとって重要な性能の一つとして衝突エネルギーがある。
エネルギーフロンティア実験の主要な目的は、質量が大きいためにそれまで発見できなかった粒子を探索する事、および発見された粒子について調べる事である。反応によって質量に変換されるエネルギーの最大値は、重心系の全エネルギーで与えられ、系の全エネルギー()と全運動量()で作られる次のローレンツ不変量(有効エネルギー=
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で表される。シングルコライダーでは重心系と実験室系が一致するため、(実験室系での)全エネルギーが有効エネルギーになる。これに対して固定ターゲットの場合、入射粒子のエネルギーを1、固定ターゲット中の標的粒子の静止質量を2とすると、
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となる。ここで、それぞれの粒子の静止エネルギーは、入射ビームのエネルギーに比べて充分小さいと仮定して無視した。この式からわかるように、固定ターゲット実験の場合、入射ビームのエネルギーを増やしていっても有効エネルギーはその平方根でしか増加しない。例えば、アメリカのフェルミ研究所にテバトロンと呼ばれる0.9TeV・0.9TeV のコライダーがあるが、その有効エネルギーは、1.8TeV である。ところが、もし1TeV のビームを静止している水素ターゲットにぶつけたとすると、その有効エネルギーは、45GeV 程度と非常に低くなってしまう。このことが、現在の高エネルギー実験のほとんどがコライダーで行なわれている理由である。
エネルギーと並んでコライダーの性能を決める重要なパラメータであるルミノシティー()は、素粒子反応の頻度の目安となる量であり次のように定義される。
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は素粒子反応の断面積であり、Nは単位時間にその反応が起きる数である。この式からルミノシティーは、[長さ]-2[時間]-1の次元を持つことがわかる。ルミノシティーを大きくすることにより実験の能率があがり、またの小さい稀な反応の研究が可能になる。このルミノシティーは、加速器のパラメーターのみで表わされ次のように書ける。
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ここで、12は2つのビームに含まれる粒子数、Aはビームが衝突する点でのビーム断面積、f はビームの周回周波数、kは1つのビームを構成するバンチ数である(粒子のかたまりをバンチといい、電子加速器では一般にビームは複数のバンチから構成される)。ルミノシティーを上げるには上式から、衝突の頻度 を増やす、N1, 2を増やす、そしてAを小さくすればよいことがわかる。まずkについては、トリスタンのようなシングルリングコライダ−の場合、リング中の2k個所で衝突が起きることが問題になる。ビーム同士の衝突が起きると二つのビームが力を及ぼしあい、ビーム中の粒子の運動が不安定になることが知られているため、測定器が置かれる場所以外での不必要な衝突は避けなければならないのである。トリスタンの場合kは2でありリング中4個所で衝突が起きるように設計された(そしてその4個所に測定器がおかれている)。 f については、高エネルギー電子リングの場合、周長を短くすると電子から放出されるシンクロトロン放射が大きくなるため周長をむやみに小さく、つまり f を大きくすることはできない。トリスタンの場合 f は100kHzである。kと f が決まっているとき、ルミノシティーを大きくするためには1, 2(つまりビーム電流)を増やし、衝突する点でのビーム断面積Aを小さくするしかない。後で述べるようにトリスタンの運転では、ビーム電流の増強と衝突点でのビーム断面積Aを小さくすることに多大な努力が払われた。
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コライダー | 衝突ビームの種類 | 研究所 | 実験開始年 | 実験終了年 | 最高重心エネルギー |
SPEAR | 電子・陽電子 | SLAC | 1972 | 1990 | 8 |
DORIS | 電子・陽電子 | DESY | 1973 | 1992 | 11.2 |
CESR | 電子・陽電子 | Cornell | 1979 | − | 12 |
PETRA | 電子・陽電子 | DESY | 1978 | 1986 | 46.8 |
PEP | 電子・陽電子 | SLAC | 1980 | 1990 | 30 |
BEPC | 電子・陽電子 | Beijing | 1989 | − | 4.4 |
VEPP-4M | 電子・陽電子 | Novosibirsk | 1994 | − | 12 |
TRISTAN | 電子・陽電子 | KEK | 1987 | 1995 | 64 |
SLC | 電子・陽電子 | SLAC | 1989 | − | 100 |
LEP | 電子・陽電子 | CERN | 1989 | − | 140 |
KEKB | 電子・陽電子 | KEK | (1998) | − | 8(e−)×3.5(e+) |
PEP-II | 電子・陽電子 | SLAC | (1999) | − | 9(e−)×3.1(e+) |
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SppS | 陽子・反陽子 | CERN | 1981 | 1987 | 630 |
TEVATRON | 陽子・反陽子 | FNAL | 1987 | − | 1,800 |
HERA | 陽子・(陽)電子 | DESY | 1990 | − | 電子:30、陽子:820 |
LHC | 陽子・反陽子 | CERN | (2004) | − | 14,000 |
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Table 2: 世界の高エネルギーコライダー |
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