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まとめ
トリスタン計画は、1980年代後半〜90年代前半の素粒子物理学研究において世界の先頭に立ち、 60GeV領域でのクォーク・レプトン物理を受け持ったものである。そのための加速器システム(2.1)は、我が国初のコライダーというだけでなく、特に強力な加速パワーを必要とする難しいものであったが、多くの開発研究(4章)を経て世界第一級の性能を発揮し、9 年にわたる実験プログラム(2.4 節)を可能にした。これまた我が国で初の大型汎用実験装置(2.2 )は、共同利用研究所の全面的な支援(2.3)のもとに300人近い国内外の研究者が競合/協力し合い、約 5 年をかけて建設したもので、電子・陽電子対消滅反応からハドロンジェット化現象、粒子交換反応や光子・光子反応までをカバーした巾広い研究の展開を可能にした(3章)。実験グループそれぞれが収集した350〜400pb-1 相当の大量データは、60GeV領域の素粒子現象のすべてを記録した世界的な財産である。この全データを駆使して、すべての物理課題に対し最も精度の高い最終結果を出し、トリスタン領域での素粒子現象についての決定板を世界に提示する予定である。
トリスタン計画は、研究成果以外の面でも、画期的な役割を果たした:
- 大学共同利用機関である高エネルギー研に誕生したトリスタンは、我が国の研究者にとって初めての本格的な素粒子研究の基盤、真の高エネルギーに直接アクセスできる大規模共同研究の場となった。
- 世界最高エネルギーでスタートしたトリスタンでは、世界の注目の中で加速器の性能を発揮させ、信頼できるデータを得て物理結果を迅速に出す努力を通じ、多くのトップ水準の研究者が育った。その過程で膨大なソフト/ハードウェアの資産が急速に蓄積され、より高度な技術を必要とする次世代コライダーと、素粒子物理学をさらに推進するための大課題とに挑戦するだけの、自信と意欲が育った。
- トリスタンは、自国の最先端の研究がごく自然に国際化された好例であり、国際的な英知の結集という面での大きな一歩となった。
- 我が国ではトリスタン計画において初めて、実験研究者と理論研究者の連携がプロジェクト化された。また、我が国では異常に少なかった素粒子現象研究者が、本計画を契機に増え始めた。
このような大きな進展の中で、いくつかの課題が浮き彫りにされ、今後に残された:
- 大学が十分な研究スタッフと技術スタッフを持ち、また研究所スタッフとの交流が何らかの形で制度化され、独自性とゆとりを持って研究計画に対応できることが望ましい。研究所と大学との調和のとれた発展は、ビッグサイエンスにおいては特に大切である。
- 地理と言語の壁を越えて、基礎研究における「真の国際舞台」となるためは、何よりも第1級の研究施設が必要であることは証明された。しかし、他の条件整備については、まだ学習途上と言える。
- 連携が強化されたとは言え、実験研究者側から理論研究者への接触が不十分だと指摘されている。実験結果を、世界の学界に最も有効な形で提示するためには、より緊密な議論が必要である。
- 一般的な指摘であるが、国際的な場の講演をもっと強烈にアッピールするための努力が不十分である。
- 最大の課題は、トリスタンという大計画に、各方面から広範な支援を受けたことに対する返礼である。そのためには、我々が今後、素粒子物理学に一層大きく貢献していくことが、唯一の道である。
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