今年4月に高エネルギー加速器研究機構(KEK)の機構長に就任した鈴木厚人氏にKEKや日本の素粒子物理学についての展望をインタビューしました。
─これからの素粒子物理学とKEKの関わりについてどのようにお考えですか?
これから非常に面白い時代に突入すると言っても過言ではありません。これまでずっと「あるある」と言われていながらいまだに見つかっていない、ヒッグス粒子や超対称性粒子にいよいよ人類の手が届こうとしています。来年から始まるLHC計画でこれらの粒子が検出されれば、物理学の概念が大きく進歩します。21世紀の物理学はいままさに「クァンタム・リープ(量子力学的飛躍)」の時代を迎えつつあるといってもいいでしょう。だから、これらの性質を精密に調べることが可能なリニアコライダー(ILC)のようなエネルギーフロンティアの計画を今から着実に準備しておくことが重要になります。
日本はこれまで長い年月をかけて、陽子加速器やトリスタン、KEKB※1、J-PARC※2と、世界に通用する加速器を次々と作ってきました。その流れは大切にしないといけないですね。
たとえばKEKBの増強計画や放射光源の将来計画であるERL加速器※3を考える時に、ILCで検討されているダンピングリングなどの技術や超低エミッタンスのビームを制御する技術などは共通に開発できるはずです。限られた人員と予算でこれまでに培ってきた日本の優れた研究実績をさらに飛躍させるためにも、KEKは加速器科学の総合開発拠点としての活動を、世界に向けてアピールしていきたいですね。
素粒子物理学研究者社会がまとまって「日本はこのような観点で21世紀の物理学を切り開いていくのだ」ということをアピールしてほしいと思います。
─10月25日に東京大学で高エネルギー物理学研究者会議※4の臨時総会が開かれましたね。
高エネルギー委員会※5で議論してきた「素粒子物理学の展望」というマスタープランについて合意しました。先に述べたようなエネルギーフロンティアの研究テーマを解決するILCを日本としても最優先の課題として取り組み、さらにエネルギーフロンティアの研究と相補的な研究課題の解明を目指すフレーバー物理※6をKEKBやJ-PARCにおいて積極的に推進していくというプランです。それぞれ共通する研究開発テーマが多いですから、日本の強みを最大限に活かした研究計画を立てられると考えています。
─アジアの中の日本という観点ではどうでしょう?
先日、インドの多くの研究所、政府機関を訪問してきました。ご存知のようにインドは経済的に急速に成長していて、「アジアの中のインド」としての自覚を持って来たことを強く感じました。日本とも対等のパートナーとして加速器科学の交流を積極的に進めていきたいという熱意が伝わってきました。大統領ともお話する機会があり、小柴先生がいう「21世紀の科学はアジアから」という考えに強い関心をお持ちでしたね。これからは単に外国から研究者を呼ぶ、というのではなく、外国の研究者達が「自分たちの研究室が日本にある」という気持ちになってくれるような形での国際共同研究を進めていく時代ですね。KEKがそのための拠点となるように努力したいと思います。
─どうもありがとうございました。
※1:世界最高輝度の電子・陽電子コライダー。
※2:東海村に建設中の大強度陽子加速器。
※3:将来の超高性能放射光源となるエネルギー回収リニアック。
※4:全国の大学・研究所の高エネルギー物理学研究者で作る組織。
※5:高エネルギー物理学研究者会議を代表する委員会。
※6:素粒子の種類(フレーバー)の移り替わりなどを研究する分野。主にB中間子やニュートリノ等を対象にしている。