理論と実験をつなぐ不思議な図形

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ILC通信08.inddおや、この色とりどりのタイルに描かれた不思議な図形は一体何でしょうか?よく見るとe–,e+,t,t-やHといった記号が見えますね。実はこれは化学反応式の素粒子版で、ちょうどILC実験で電子(e–)と陽電子(e+)が衝突して、ヒッグス粒子(H)とトップ・クォーク(t)と反トップ・クォーク(t-)が生成される反応を図で表した「ファインマン・ダイアグラム」というものです。
素粒子反応の確率を精密に計算する方法を最初に確立したのは、朝永博士とアメリカのファインマン、シュゥインガーの両博士でした。その折、ファインマン博士はその複雑な計算式を図(ファインマン・ダイアグラム)で表現するという方法を考え出しました。この図のおかげで複雑な反応を直感的に理解する事が可能になりました。とはいえ色違いのタイル一つ一つが、数百行から数千行の式に対応しており、その計算は容易ではありません。また右下のオレンジ色のタイルには2085の数字が見えますが、計算すべき式の数は2000を超えています。これは東京駅から新宿駅に行くのに色々な経路がある様に、この反応を起こすのには2000通り以上の経路があるからです。ここではそのうちの9つを紹介しています。この可能性のあるすべての場合を足してようやく意味のある計算になりますから、計算式全体は100万行を超える場合もあります。
ヒッグス粒子は全ての素粒子の質量(重さ)の源と考えられています。しかしこの理論は実験で確認しなければただの仮説にすぎません。この理論が正しければこの反応が起こる確率はトップ・クォークの質量で決まります。実験でこの反応が起こる確率を測定し、ファインマン・ダイアグラムで計算した確率と比べてみて初めてその理論が実際に宇宙の基本法則となっているかが本当にわかります。その為には100万行を超える式を書き、実際に計算して値を求める必要があります。

 

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フランス国家功労勲章を授与された清水韶光氏(KEK 名誉教授)

100万行の式を人力で扱うのは不可能ですので、計算機に数式生成と計算を行わせる自動計算プログラムが開発されています※。高エネルギー加速器研究機構(KEK)では国内外の大学と協力して通称「南建屋グループ」と呼ばれる共同研究グループを作り、自動計算プログラムGRACEを開発してきました。この「南建屋グループ」は清水韶光氏(KEK名誉教授)のもと15年以上も前からフランスとの共同研究を開始し、GRACEにより数々の理論計算を遂行してきました。フランス政府は、その長年にわたる共同研究の成果を評価し、清水韶光氏に対して昨年11月に国家功労勲章シュヴァリエ章を授与しました。
ILC実験では、このように膨大な理論計算をして宇宙の基本法則を探ります。でも電子は何時間も計算することもなく一瞬で反応することを考えると、不思議ですよね。
※もとの理論はもちろん人間が作ります。これは計算機には出来ません。