わからなかったことがわかった時 ~小林誠先生インタビュー~

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2008年度のノーベル物理学賞を受賞した小林誠KEK名誉教授

 

ノーベル物理学賞受賞から一か月。ようやく周囲が落ち着きつつある小林誠高エネルギー加速器研究機構(KEK)名誉教授にお話を伺いました。

 

―まずは、ノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。一か月たって今のお気持ちは?
「今ですか?まだ、なんだか信じられないといいますか、なんでこんなことやっているのか、こんなことやっていていいのかな、という感じですね。(笑)」

 

―ノーベル賞の発表に先立ち、欧州合同原子核研究機構(CERN)の大型ハドロンコライダー(LHC)が稼働しました。今は停止中ですが、小林先生がLHC実験に期待することは?
「当然ヒッグスというのは最初の課題でしょうけれど、一番期待しているのは、いわゆる標準模型の先にあるものの何らかのエビデンス(兆候)をみつけるかどうか、ということですね。たとえば超対称性理論のエビデンスとなる超対称性粒子のシグナルのようなものが見つかることが一番面白いわけで、その辺りに一番注目しています。」

 

―LHC実験に関わる理論も考えていらっしゃるのですか?
「(LHC実験がカバーできるエネルギー領域で)何が起こるか(という理論的な可能性)はもう、ある意味調べつくされているんです。ただ、LHCでエビデンスがみつかれば、一番わからなかったこと、例えば、超対称性粒子の質量のスケールなどが一番重要な状況としてでてくるのでしょう。そういうのが出てくれば、たとえば、それがB中間子のCPの問題と影響するのかとか、そういう話がまたそこから始まるわけです。そういう意味で(超対称性粒子が)見つかることも大事ですし、見つかって質量のスケールがわかることも非常に重要だと思います。」

 

 

―LHCの先、具体的にはILCに何を期待しますか?
「もちろん、ILCは高エネルギー研究者の夢ですから、それは大いに期待しているところです。でも、それには(LHC実験から)新しい理論の質量のスケールとかがわかって、そのうえで、というシナリオになるのではないでしょうか。」

 

 

―現在日本では、産業界や政界など、研究者コミュニティを超えたILC実現に向けた動きが活発になってきています。その動きについてどのように感じていらっしゃいますか?
「実現するためには色々なサポートが必要ですから、そのような動きが出ていることは非常にうれしいことです。反対に、そういうものを全部結集してやらないとできないほど大変な仕事ということでもあります。だから、どうやってそういう大変な仕事を実現に持っていくのか、その戦略がもう少し必要、という気もしています。」

 

 

―小林先生の理論も、30年以上かけて検証されました。現在の理論物理学は、さらに長く待たなければ確認できないものを追っているように思えますが、そのような最近の理論物理の傾向についてどうお考えですか?
「超対称性理論など、直接実験と結びついた理論と、もうひとつの重力の量子論、超弦理論といった理論研究の両方の流れがあるわけですが、後者の研究のほうは、実験的な検証なども検討されてはいますが、主として純粋理論的なモチベーションで進んでいるわけで、具体的な実験や検証になると、スコープの外ということができます。ただ、LHCをはじめとする加速器実験が届く範囲のところで、どんなものが出てくるのかによって、また新しい理論の展開がでてくるのではないかな、と考えています。」

 

 

―小林先生、益川先生、南部先生のノーベル賞受賞で、日本の物理の世界がどう変わると思われますか?また、どう変わってほしいとお思いですか?
「物理なり、自然科学・基礎科学に関心を持ってくれる人が増えれば、それは嬉しいことだと思います。」

 

 

―どんなきっかけで科学に興味を持たれたのでしょう?
「もともとの基本的なことに興味があったのですが、高校の時にいくつか物理関係の本を読んだことが、ひとつのきっかけになったと思います。もうひとつには、私は名古屋で育ったんですけれど、素粒子研究については名古屋大学の坂田研究室は一般にも知られていたわけで、そういう話もなんとなく耳にして興味を持ったのだと思います。素粒子物理が身近、というほどではなかったとは思いますが、そういうインプットがどこかであったんではないでしょうかね。」

 

 

―「理論物理学者の暮らし」とは、あまり想像がつかないのですが、どのような毎日を送っていらっしゃるのですか?
「普通ですよ。普通。(笑)」

 

 

―常にものを考えている、という感じなのでしょうか?
「何か問題にぶつかったら、いつも頭の片隅で考えているという状況はありますね。」

 

 

―研究者の醍醐味とは?
「わからなかったことがぱっとわかった時ですね。大小にかかわらず。わからなかったことがわかった時というのがやっぱり醍醐味だと思います。」

 

 

―そういうのは、ひらめき?またはこつこつと考えていく?
「それはいろいろですね。ずっとわからなかったことがある時、何かとのつながりが見えてくることもありますし、力技で計算して、というのもありますよ。」

 

 

―高エネルギー物理を学ぶ学生が減っています。科学への興味が減退している、というよりは、科学や研究を職業として選択する人が減っている傾向にあることが原因だと思われるのですが、どうしたらその傾向に歯止めを利かせることができるとお考えですか?
「(今の科学は)最先端を進んでいますから、研究のレベルに行くためには、中学・高校で、数学にしろ物理にしろ、とにかくクリアしていかなければならないわけですね。その途中で息切れしているという気がしています。学んでいく途中のステップでいかに興味をつないでいくか、そのへんがもう少し必要かな、と。その意味で(他で報道されているように)教科書がつまらないと言っているわけで、もう少し読み物として興味を持てるようなものがあったっていいのかなと思いますね。」
―ありがとうございました。

 

たんたんと、物静かに、言葉を選びながらお話しされる小林先生。しかし、いったん研究の話になるといたずらっぽい目がきらりと輝き、休日にはパズルやゲームに興ずる、という少年のような一面を垣間見た気がしました。「わからなかったことがわかる」-この単純にも思える、純粋な科学の不思議を追求する、ということが私たちに新しい視野を与えてくれるのでしょう。