キーワードで振り返る2008年のILC

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今年も、1年の世相と流行を表す言葉が並ぶ、『現代用語の基礎知識選「2008ユーキャン新語・流行語大賞」』が発表されました。大賞受賞は「アラフォー」。35歳から45歳までの、アクティブで経済的な余裕があり、情報をたくみに使いこなし自己の価値観に忠実な女性層を指す言葉です。今年は様々な問題が多かったため、実は、トップ10を選ぶ作業は非常に難航したとか。国際リニアコライダー(ILC)をめぐる2008年も、いろいろな出来事がありました。キーワードを上げつつ、今年一年を振り返ってみましょう。

 

真の国際協力
昨年末、ILC研究グループは米国・英国の大幅な予算削減「ブラック・ディッセンバー」で大揺れに揺れました。会計年度をすでに4分の1過ぎた時点で発表された米国の予算カットは、米研究者の即時活動停止を意味するもの。しかし、ILC研究者グループは、この逆風を「ILCを真の国際プロジェクトへと近づける契機」(ILCプロジェクトマネジャー、山本明氏)として、活動を前進させるための追い風へと変えることに成功したのです。全体的な研究開発活動を見直し、世界で重複して行われている活動を整理することにより、より効率的でコスト効果の高い計画策定へと活動をシフトしました。その成果のひとつが、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の超伝導試験施設で行われる「グローバルS1」です。米欧から各2台、アジアから4台の超伝導空洞を持ち寄り、2010年からILC実現に向けた重要な技術実証試験が行われる予定です。

 

 

先端加速器
2008年は、ILCの研究者コミュニティと産業界とのつながりがますます強固になった年であったと言えましょう。6月11日、東京霞ヶ関で「先端加速器科学技術推進協議会」の設立総会が実施されました。設立目的は、次世代の加速器技術を担う技術開発を、オールジャパンの体制で進めるための産学連携の軸となる組織作り。「先端加速器」とは、加速器の性能を極限まで進化させた加速器のことを指し、ILCを中核モデルケースとして、要素技術の技術開発を進めて行きます。すでに下部組織である「技術部会」は6回の勉強会を実施して情報交換を行っているほか、「広報部会」は協議会ホームページを開設(http://aaa-sentan.org/)するなど、活発な活動が続けられています。来年初頭には、協議会主催のシンポジウムの開催も予定されています。

 

 

超党派
2006年7月に、自民党の国会議員55名による「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」が設立されて以来、ILCを基礎科学における重要な国際プロジェクトとして、その実現に向けた検討が続けられてきました。そして今年7月31日、その活動は、超党派による「先端線形加速器国際研究所建設推進議員連盟」へと受け継がれました。「日本発宇宙行き」のビジョンのもと、日本でのリニアコライダー国際研究所建設を目指して、議員がイニシアチブを取り、政党や省庁の枠組みを超えた働きかけを進めていきます。10月には、河村建夫官房長官より、リニアコライダー実現にむけた本格検討開始に関する発言もありました。このようにILCに関する産学官政の連携が進んでいるのは、現在は日本のみ。今後の動きに世界から注目が集まっています。

 

 

LHC
LHCの実験で作られるブラックホールは危険、としてハワイで起こされた「ブラックホール訴訟」で、ワイドショーや週刊誌にも次々と取り上げられ、期せずしてお茶の間の話題にもなった世界最大の加速器大型ハドロンコライダー(LHC)。素粒子物理学者の大いなる期待を背負って、9月10日に稼働しました。スイス・ジュネーブ郊外、フランスとの国境に位置するこの加速器は、陽子ビームを正面衝突させることによって、これまでにない高エネルギーでの素粒子反応を起こすことができます。日本からも多数の研究者が参加しています。LHCでの実験結果は、ILCでの実験のベースになるものも多く、その成果が心待ちにされていましたが、稼働から10日後に超伝導電磁石の接続部の欠陥による不具合のため運転を停止。冬期は欧州原子核研究機関(CERN)の定期的な保守点検作業にあてられるため、運転再開は2009年6月末にずれ込む予定です。しかし、来年5月には、CERNで撮影が行われた話題の映画「天使と悪魔」の公開も予定されており、運転再開とともに、LHCはまた注目を集めそうです。

 

 

対称性の破れ
2008年を締めくくるニュースは、何と言ってもノーベル物理学賞でしょう。南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏、の日本人物理学者のトリプル受賞の快挙は、日本中に明るい話題を振りまきました。お家芸とも呼べる日本の物理学の力が、また証明された、というわけです。3名のノーベル賞受賞の理由に共通するキーワードが「対称性の破れ」。南部氏が今から47年前に提唱した理論が「自発的対称性の破れ」。LHCで発見されることが期待されている、物質に質量を与えると考えられている粒子「ヒッグス粒子」は、南部氏の理論が基礎になっています。小林・益川両氏は、K中間子、B中間子でおきるCP対称性の破れを説明しました。宇宙誕生の頃には存在していたはずの「反物質」がなぜ現在の世界に存在しないのか、宇宙の進化の謎を解くための大きな一歩になりました。LHCやILCなどのより高いエネルギーの加速器での実験や、大強度陽子加速器施設(J-PARC)、KEKBを改良した大強度ビームでの実験が、さらに宇宙の謎に迫るために必要なのです。

混戦だったという今年の流行語大賞レース。来年はどんな新語・流行語が生まれるのでしょうか?「加速器」や「リニアコライダー」が少しでも話題に上る機会が増えるよう、ILC通信はますます精進して情報を発信していく所存です。今年一年のご愛読ありがとうございました。2009年もなにとぞよろしくお願いいたします。