サイは投げられた ‐2012 年のリニアコライダー研究推進‐

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インタビューにこたえる、鈴木厚人KEK機構長

2012年は、国際リニアコライダー(ILC)にとって節目の年だ。今年末から来年にかけて、加速器の「技術設計報告書」と、測定器の「詳細ベースライン設計書」が完成する。そして、これまで世界的なILCのR&D活動を進めて来た国際共同設計チーム(GDE)と、物理・測定器研究組(RD)、その監督組織である国際リニアコライダー運営委員会(ILCSC)も、その任務を完了することになる。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)にとっても2012年は節目の年だ。この4月、鈴木厚人機構長の3期目の任期が始まるとともに、経営陣が一新された。新しいタームの始まりに、鈴木機構長に2012年とそれ以降のILCについて聞いた。

「次のステップとして、ILCSCではリニアコライダー研究開発を推進する新たな組織構造とそのミッションを策定しようとしています」と、鈴木氏。新たな組織はリニアコライダー理事会(LinearColliderBoard:LCB)と呼ばれており、ILCのみならずコンパクトリニアコライダー(CLIC)、物理・測定器研究の全てをカバーする。LCBは、ILCSCに代わって、リニアコライダープロジェクト提案に向けた活動を取りまとめる。委員長と、欧州、アジア、米州から各5名の計16名のメンバーから構成される予定だ。

CLICとは、欧州合同原子核研究機関(CERN)が構想している次世代直線型加速器。昨年概念設計が完成したばかりで、設計の成熟度ではILCに比べてかなり後れている。「CERNの大型ハドロンコライダー(LHC)の結果から次の加速器のエネルギーが決まってくる。現時点ではまだエネルギーがはっきりしていないため、ILCとCLICの両研究グループが世界協調によってリニアコライダー研究を進めることにしたのです」(鈴木氏)。ILCでは最大1テラ電子ボルト、CLICは3テラ電子ボルトのエネルギーを作り出すことが出来る。

この宇宙では全ての物質が「質量」を持っているが、それがどのようなメカニズムで生じているのかは謎だ。その謎を解くカギだと考えられているのが「ヒッグス粒子」。現在稼働中の世界最大の加速器LHCの実験では、すでにヒッグス粒子のかなり有望な兆候が観測されている。発見されるヒッグス粒子の質量によって、それを詳しく調べるための加速器の性能が左右されるが、現在LHCで観察されている兆候が本物であれば、ヒッグス粒子の性質を詳しく調べることができる理想的な加速器はILCということになる。2012年中のヒッグス粒子の発見に大きな期待がかかっている。

「組織的な次のステップに加え、ILCの物理研究についても、もう一段階進める必要があると考えています。LHCの結果については、ヒッグス粒子の発見に注目が集まっています。ILCはヒッグスが発見されたら、その性質を詳しく調べることが可能で、物理学を一層進めることが出来る加速器です。ただし、ILCのできることはそれだけではありません。これからは、ILCの幅広い物理的なミッションもより明確に示して行く必要があります」(鈴木氏)。

ILCがどの国のどこに建設されるのか、現段階ではまだ明確ではない。しかし、日本に誘致された場合に備え、準備を進めておくことは必要だ。「ITER(国際熱核融合実験炉)誘致や国内の研究都市建設等、日本国内におけるこれまでの経験とその反省を活かす必要があります。国際都市作りについて真剣に考える必要があるでしょう」と語る鈴木氏は、同時に応用面についても視野に入れる必要があると強調する。また、「インド、韓国、中国など、アジアの他の国々では、加速器の応用を国家的に推進する動きが盛んになっています。このままでは日本が追い越されてしまうかもしれません」と、日本の加速器科学への危惧も示した。

機構長というハードな職。三期目の任期を続けるか否か、実は悩んでいたという鈴木氏は、お嬢さんにプレゼントしてもらったという携帯ストラップを見せながら言った。「よく見るとサイが人に投げられているんですよ。サイは投げられた(笑)。ぐだぐだ言わずにしっかりやれってことです。だからILCもしっかりやりますよ」。「とにかく大事なことは、皆さんに理解して頂くこと」と鈴木氏。そのためにも、タウンミーティングやシンポジウムなど、これまで以上に力を入れて行くつもりだという。

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