「これがニオブですか。輝いていますね。素敵」
国際リニアコライダー(ILC)の建設候補地の岩手県から、地域の農家グループの研修旅行として、KEKに見学に来られたご婦人が感激して、空洞製造技術開発施設(CFF)の説明担当の私にこう言われました。事前にILCについて勉強され、高性能のニオブ製空洞がILCの技術の要であることもご存知でした。別れ際に「ILCが実現するといいですね。お待ちしています」と励まされ、少し泣きそうになりました。私はKEKに来て初めてニオブと出会い、今は頭の中がニオブのことでいっぱいです。でも、銀色に輝く彼女は融点が高くて、なかなか打ち融けてくれません。そんなニオブと機械屋の恋バナをちょっとだけ聞いていただけますか。(機械工学センター 山中将)
ニオブは鉄やアルミと違って、私たちの生活の中ではほとんど馴染みのない金属です。そこで、CFFを訪れる見学者には、アルミ製とニオブ製の空洞部品を二つ用意して実際に手に取っていただき、「今日はニオブに触った、と覚えてくださいね」と言います。ニオブの密度は8.57で、アルミの2.7の約3倍。同じ形の部品なのに重さの違いは歴然です。見た目は同じように銀色に光っていますが。
理系の方はよく「材料はニオブじゃないとダメなんですか。アルミじゃダメですか」と質問されます。そこで私は超伝導の話をします。「ニオブは液体ヘリウムを使ってマイナス261.8℃まで冷やすと、電気抵抗がほぼ0の超伝導状態に転移します。残念ながらアルミにはそんな性質はありません。この超伝導がILCのような巨大加速器実現のための肝なのです。
加工に興味がある見学者には、空洞製造に必要なニオブの溶接の話をします。ニオブの融点は2486℃と他の金属に比べて高く、建設現場などで見る、お面をかぶって火花を飛ばして鉄骨を溶接する方式では溶かすことができず(鉄の融点は1538℃)、電子ビーム溶接という方法でニオブ製空洞を溶接します。CFFには1.3 mある空洞が10本くらい入る大型の電子ビーム溶接機があり、これを実際に見るとみんな「おう!」と感歎します。
一方、物理とか機械の話が苦手な人もいます。そんな場合はお金の話をします。「ニオブは希少なレアアースで、空洞に使うものは特に純度の高い上物なんです。今日のレートでニオブはグラムどのくらいの価格と思いますか」などと言って、「ニオブは高価な材料だと知ってもらいます。ニオブを切っ掛けにして、少しでもILCのことを知ってもらえたらと思います。
ILC建設には約300トンのニオブが必要です。実際、過去の検討会でも「必要な材料が確保できるか懸念がある。特定の会社からの調達によるリスクがある」などと指摘されました。現在、超伝導加速空洞用の高純度ニオブを製造できる企業は世界に5社あり、うち2社が日本の東京電解とアルバックです。KEKは1981年、トリスタン加速器の建設に当たって本格的に超伝導加速器を採用、東京電解はトリスタン向けのニオブを供給しました。その後、品質向上と生産拡大に取り組み、現在では海外の大型加速器にもニオブを供給するトップメーカーです。もう一社のアルバックは2010年ごろから空洞向けのニオブ生産に取組み、市販にこぎつけました。同社のニオブ材を使ってCFFで空洞を製造したところ、加速空洞としての性能が確認できました。日本国内に二つのサプライヤーがあることはとても心強いです。
ニオブはレアアースなので埋蔵量が心配です。5社の一つ、ブラジルのCBMMのホームページには「わがアラシャ鉱山にはいまのペースで採掘しても500年間、ニオブの生産を継続できる埋蔵量がある」とあります。同社セールス担当者に「500年というのは本当?」と尋ねたところ、「たぶん500年は楽勝。まあILCを造るくらいは問題ない。任せろ」とブラジル人らしい陽気で心強い答えが返ってきました。
最近、私たちの研究で、「最高級のニオブ」でなくてもILCに使えそうなこともわかってきました。グレードの低い低価格のニオブでも、空洞製造時に工夫したり、完成後の表面処理を工夫したりして、ILCスペックを満足する方法を開発しています。コストダウンはILC実現に向けて必須の課題だからです。私たちはILCの実現に向けて努力を続けます。
AKB48が唄う、カチューシャをしている長い髪の少女を想う「Everyday, カチューシャ」というヒット曲があります。実は「ニオブ」という名前は、ギリシャ神話に登場する「ニオベー」という女性の名前に由来しているそうです。私はKEKに来てからニオブと出会いました。「Everyday, ニオブ」。しばらく続きそうです。機械屋として彼女との苦しくも楽しい日々が。