*この記事は、2020年12月24日に発行されたILCニュースラインの翻訳記事です。
小柴昌俊先生が御年94歳で2020年11月12日に永眠されました。先生は実験素粒子物理学分野の巨星の一人でした。
1926年愛知県豊橋市に生まれ、1951年に東京大学を卒業後、1955年にロチェスター大学で博士号を取得しました。シカゴ大学にて研究の職に就いた後、1958年に帰国し、東京大学原子核研究所の教員に就任しました。エマルジョンを使用したアメリカの風船を用いた宇宙線実験の主任研究員に指名されると、再びシカゴに戻りました。1962年アメリカから帰国し、次の年に東京大学理学部物理学科の助教授に就任し、その頃から神岡町の地下鉱山で宇宙ミューオンの束の研究を始めました。これが神岡鉱山との最初の接点になりました。
1970年代初頭、先生は高エネルギー領域での電子陽電子衝突型加速器実験の重要性に気付き、e+e-衝突型加速器の先駆者のひとりであったノヴォシビルスクの核物理学研究所所長のゲルシュ・イッツコビッチ・ブドケル教授との共同研究を開始しました。 しかし、共同研究を開始してまもなく、ブドケル教授は脳梗塞に倒れてしまったため、小柴先生は新たな協力者を求めて欧州を巡り、シカゴ時代からの旧友であるエリック・ローマン氏が研究部長を務めるDESYに辿り着きました。東京大学のグループを率いて小柴先生はDESYのDORISe+e-コライダーでDASP実験の共同研究に参加しました。5GeV程度の質量エネルギーでの実験開始まもなく、1974年にブルックヘブン国立研究所およびSLAC国立加速器研究所で3GeV程度の低質量エネルギーでJ/ψ中間子が発見されました。e+e-コライダーの重要性が明らかになったため、DESYはさらに高エネルギーの衝突型加速器であるPETRAを建設することを決めました。小柴先生、ヨアキム・ハインツ教授(ハイデルベルグ大学)、ポール・マーフィー教授(マンチェスター大学)らでPETRA衝突型加速器を用いたJADE実験の共同研究を立ち上げました。JADEは参加国の頭文字(JApan, Deutschland, England)を表しています。小柴先生は、海外の素粒子物理学をリードする実験の国際共同研究に参加するため東京大学に研究所を設立しました。これがのちに素粒子物理国際研究センターとなり、現在はATLAS、MEG-Ⅱ、ILCなどの研究を行っています。1979年、PETRA実験にてグルーオンが見つかりました。1980年代、小柴グループはCERNに移り、LEPe+e-衝突型加速器を用いたOPAL共同研究に参加、多くのJADE共同研究者らもOPALに移りました。
大統一理論に触発され、小柴先生は1980年代初頭に神岡鉱山で浜松ホトニクスと20インチ光電管を共同開発し、陽子崩壊実験を開始しました。
神岡陽子崩壊実験(KamiokaNDE)で陽子崩壊は見つからなかったものの、超新星SN1987Aが観測されました。この観測は小柴先生の東京大学引退の1か月前であり、あたかも16万年前の超新星SN1987A爆発にタイミングを合わせたようでした。小柴先生はこの時の超新星爆発によるニュートリノ観測でノーベル物理学賞を受賞しています。また、スーパーカミオカンデ実験を戸塚洋二氏と共同で立ち上げ、陽子崩壊や大気ニュートリノ振動の観測にも力を注ぎました。先のカミオカンデ実験でそのヒントのほとんどが見えていました。
同時に、小柴先生はe+e-コライダー建設にも力を注ぎました。2006年に国会議員による「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」が発足した際、小柴先生が基調講演に招かれました。2008年には議連発起人の一人であり、初代会長を務めた故与謝野馨衆議院議員と小柴先生の協力のもと、先端加速器科学技術推進協議会(AAA)が日本で発足し、産学連携でILC計画実現を推進しました。
ノーベル賞の賞金を基金にして、小柴先生は青少年の基礎科学の振興に役立てたいと「平成基礎科学財団」を設立し、財団の理事長として基礎科学の啓蒙活動に貢献しました。
小柴先生の教え子の多くは、折戸周治、山田作衛、戸塚洋二、武田廣、小林富雄、梶田隆章など、日本の高エネルギー物理の分野で指導者になっています。小柴先生はよく私たちに、研究者はユニークなアイディアの卵を何個も産み、そのうちのいくつかが孵化するかどうか、その時々で技術や理論的状況を確認していくべきだと仰っていました。
小柴先生は一期生には非常に厳しい先生として知られていましたが、私たちが彼の教え子だった頃にはすでにお人好しのお爺さんでした。先生の一期生たちがさらに厳しい教師になっていたので、小柴先生があまり厳しくしなくても良かったのでしょう。
小柴先生には、コライダー物理学や宇宙素粒子物理学をはじめとする実験素粒子物理学の分野で多くのアイディアに基づいてリーダーシップを発揮されたこと、国際共同研究にも尽力されたことに大変感謝しています。
著者 駒宮幸男:早稲田大学教授、前LCB議長