加速器図鑑:タイム・プロジェクション・チェンバー

コラム

ILD測定器の内部。茶色のがらんどうの部分がタイム・プロジェクション・チェンバー。本文では省略したが、実物は全長約2.5m、直径約4mの茶筒が底同士をくっつけて繋がっている。真ん中が共通の底で両端に蓋がある。イラストの真ん中に見えている仕切り板のような物が共通の底である。クレジット:Rey.Hori。

 

タイム・プロジェクション・チェンバー(TPC)とは、どういうもの でしょう。タイムと言うからには時間が絡んでいるように思えます。プ ロジェクションとはプロジェクターという言葉が表すように「投影」の こと。物の影を見ることにつながっているようです。チェンバーとは英 語で箱/容器などを表します。これらをひとつひとつ見ていきましょう。

上のイラストはILC の電子・陽電子衝突点を取り囲むように設置され る素粒子反応測定器 ILD*1 の中央部付近を表したものです。一番中心 部の細長い円筒の部分(中にディスクがたくさん並んでいる)はビーム パイプ*2 の直近を取り囲む測定器群「崩壊点検出器」。その外側のもっと 大きな円筒形の「何も無い空洞」のように見えるところが今回のテーマで あるTPC です。イラストでは手前半分を切り取って中を見せています。

この「何もない空洞」はいわば円筒形の箱で、これがチェンバーです。 大きさは全長約5m、直径約4m。巨大な茶筒を想像していただくのが 良いかもしれません。この茶筒の中の空間を使って、ビームの衝突によっ て生まれた素粒子の飛んだ跡を測るのです。この茶筒にはガスが封入さ れていて、電気を帯びた素粒子がこの中を飛ぶと道筋にそってガスがイ オン化し電子の群れができます。ちょうど飛行機が飛んだ跡に飛行機雲 が出来るような感じです。例えば素粒子がクルクルと螺旋を描くように ように飛んだとすると、茶筒の中には螺旋形に雲(本当は電子の群れ) ができます。

ところで、茶筒の蓋と底の間には高い電圧が、茶筒の蓋にプラス、底 にマイナスのようにかけらているとします。出来た雲はこの電圧のため に、形を保ったまま蓋のほうに移動します。螺旋形ならば螺旋形のまま です。そして最後には蓋の内側の面に「吸い込まれ」ます。蓋の内面は 小さく分割された電極になっていて、電極に電子が吸い込まれると電気 信号が出ます。どの電極が信号を出したかによって雲の形が分かるので す。ちょうど雲の形は蓋の内面に「投影」されたことになります。でも 蓋の内面(2次元)に投影されてしまった雲の形からは元の3次元の形 は完全には分かりませんよね。そこで利用されるのが時間の情報です。 蓋に近い部分は早く到着して吸い込まれ、遠い部分は遅く到着して吸い 込まれます。だから“ どの”電極が“ いつ”信号を出したかを測ること により電子の雲の3次元的な形が分かることになります。雲の形はいわ ば時間方向にも「投影」されたと言えます。

* 1: ILC では2つの素粒子反応測定器 ILD と SiD が設置される予定。SiD では TPC ではなく別のタイプの測定器が使われる。。
* 2: 電子ビームや陽電子ビームが走る真空のパイプ。ILC 通信64号の加速器図鑑参照

ILD 測定器の内部。茶 色のがらんどうの部分 がタイム・プロジェク ション・チェンバー。 本文では省略したが、 実物は全長約2.5m、 直径約4m の茶筒が底 同士をくっつけて繋 がっている。真ん中が 共通の底で両端に蓋が ある。イラストの真ん 中に見えている仕切り 板のような物が共通の 底である。クレジット:Rey.Hori