京都大学・経済研究所の所長であり、「分数ができない大学生」の著者としても有名な西村和雄教授にお話を伺いました。西村教授は、経済理論分野で日本初の国際的な学術誌の発行、また、カリフォルニア大学を中心とした国際複雑系研究所の理事もつとめ、米の物理学教育の充実をめざす活動とも連携されている他、ILCも積極的に応援くださっています。
─「分数ができない大学生」に気付かれたきっかけはどんなことですか?
最初に気付いたのは、経済学の授業中です。微分を使って説明しても、学生達は理解していないようなのです。微分をやめて、図を使って説明してみる。曲線を使うと非線形関数が必要でこれもだめ。そして、直線を使って説明してみてもしっくり来ていない様子。単位あたりの数を理解していない。つまり、分数ができない、のではないかということに気付き始めました。そこで、大学生の実態を調査するために、1998年に大学1年生の最初の授業を使って数学の国際調査を行いました。全21問で25点満点のテストでしたが、韓国のビジネススクールの学生の96%が満点を取ったのに対し、日本は国立トップの大学の理系専攻の学生でも満点を取ったのは50%未満であり、レベルの差が歴然としていました。
─このレベルの差の要因はどんなことでしょう?
一つには、小学校から高校までの指導要領に問題があると考えています。ぶつ切りのカリキュラムが勉強しにくくしています。また、大学の入学試験科目が少ないことも要因の一つでしょう。受験に必要ないから勉強しない、そして勉強しないからできない。こうしたことが、「数学離れ」にもつながっています。
─「数学離れ」で懸念されることは?
論理的思考力の低下です。数学ではいくつかのステップの論理を積み重ねて回答に到達します。日常的にも、問題が生じたとき、結果から原因を突き止め、そして新しい結果をもたらす解決方法を見出すという問題解決能力は、論理的思考が可能とするところです。また、「数学離れ」が広がると「理科離れ」につながります。この中でも深刻なのが、物理離れです。現在の日本の高校生の物理の履修率は10%台にとどまっています。これは、技術者や大学教授を生み出す母集団が小さくなることを意味しており、日本の将来にとって危機的状況です。先輩達が培ってきた日本の強い科学技術を維持するためには、世界を巻き込んだ研究機関を作り、そこによりたくさんの優秀な外国の研究者を呼ぶ必要があります。
─これにはどんな解決策があるとお考えですか?
ILCもその一つだと考えています。国際的な“知”のネットワークを作り、日本の科学技術に波及効果を生んでくれることをILCに期待しています。ILCは効果的な投資です。そのためには、産業界、学界が協力して行えるような仕組みが必要ですが、ILCはそのよい試金石ともなるのではないでしょうか。
─ありがとうございました。