謎にせまる:真空の謎

コラム
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真空中で生まれては消える電子と陽電子の組

みなさんは、「真空」と聞いた時に何を思い浮かべますか? まったく何もない空間? スペースシャトルが飛ぶ宇宙? 少し年配の方であれば、ひと昔前のラジオやテレビに使われていた「真空管」という部品を思い出すかもしれませんね。このように、私たちのなじみの深い真空といえば、空気がない、つまり空気の分子が存在しない空間を指します。このように、空気がない空間だと思われている「真空」ですが、現代物理学では、この「真空」の中で、いろいろなものが生まれては消え、まるで水の表面に泡が浮かび続けるように、一瞬たりとも静かな世界ではない、ということがわかってきているのです。

量子力学では、「真空」とはどんな粒子も存在しないエネルギーが最低の状態を指しますが、実は、そのエネルギーはわずかですが大きくなったり小さくなったりしています。あらゆる種類の粒子には、逆の性質をもった「反粒子」というものが存在します。たとえば「電子」の反粒子は「陽電子」で、電子がマイナス、陽電子がプラスの電荷を持つ、という以外は同じ性質の粒子です。これら、粒子と反粒子はペアになってできたり消えたりします。これを粒子・反粒子の対生成、対消滅と呼んでいます。何もないはずの真空なのですが、そこに「電子と陽電子」といった、粒子・反粒子のペアが生成され、すぐに対消滅して何もない状態に戻る、ということが起きているのです。

このように、真空中で対生成が起こるときは、その分エネルギーが増えますが、対生成でできた粒子・反粒子はすぐさま対消滅で消えてしまい、その分エネルギーが減ります。このような粒子は、現実の粒子・反粒子として観測されることはなく「仮想粒子」と呼ばれています。では、これら真空中に粒子・反粒子をつくるのに必要なエネルギーは、どこから出てきたのでしょうか。それは何もない空間からちょっとの間借りている、と考えられています。そして、短時間に返すことができれば、いくらでもエネルギーが借りられるとされています。これをエネルギーと時間の「不確定性関係」といって、量子力学の基本原理になっています。高校の授業で、「エネルギー保存の法則」を習ったのを覚えている方もいるでしょう。ある反応が起きると、反応の前後でエネルギーの総量は保存されるとする、物理学の基本法則のひとつです。しかし、量子力学では、上記のように、「エネルギーが一瞬だけ保存しない状態」があるのです。

何もないはずの真空は、大海原を飛行機で上空から見ると波一つ無く穏やかに見える海面が、近くから見ると小さく波打っている、といったところでしょうか。極微の世界では、わたしたちの暮らしの中ではお目にかかることができないような不思議な現象が起きているのです。物理学者にとっての「真空」は、何もないどころか、発見すべきもので満たされた空間なのかもしれません。