物理学は、この世で起きている自然現象を理解しようとする学問。自然法則を量的に捉えて、数学的な関係式として表します。しかし、私たちの住む宇宙はとても複雑なので、「計算が合わない」ことがしばしば起こり、物理学者たちを悩ませています。そんな難問のひとつを解決する、ある方法を考え出した偉大な物理学者が、朝永振一郎博士。日本人二人目のノーベル賞受賞者です。
朝永博士は、電磁気力に関する「場の量子論」を研究していました。「場」とは、あるものの存在が、別の場所にある他のものに影響を与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。こどもの頃、理科の時間に、砂鉄が磁石の周りを囲むように引きつけられる現象が起きる実験をしたことがあると思いますが、あれは「磁場」です。素粒子の世界でも同様なことが起きており、電子も自分のまわりに「場」を作っています。電子は、他の電子にむけて光子を放出したり、受け取ったりしているのですが、放出した光子が、もとの電子に吸収されることがあります。多くの物理学者が、電子の性質を理解するために、この電子自身が放出した光子との相互作用によるエネルギーの計算に挑んでいました。しかし、どんなに計算してみても、答えが無限大になってしまいます。これを解決するために朝永博士が考えたのが「くりこみ理論」です。
電子の周りでは常に相互作用が起きているので、電子は光子の「衣」をまとっていて、「裸」の質量を測定することができません。朝永博士は、電子の質量を測定して得る値が、「裸の質量」と電磁場との相互作用による変化分の和と考え、その和を質量の測定値でおきかえることを提案し、この一工夫を「くりこみ」と呼びました。20世紀初頭から現在までに、素粒子実験のエネルギーは10桁以上も上がりましたが、くりこみは有効性を発揮し続けています。朝永博士は、「くりこみ理論」は無限大を隠すカンニングだと言っていました。しかし、最初に電子に適用されたこのカンニングは、その後多くの素粒子に適用され、今では素粒子物理学の基礎をなす理論の一つとなっています。