ILCの国際協力体制、大きく前進

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ILCの魔法瓶―クライオモジュール。クライオモジュールは、超伝導加速空洞を絶対温度2度(-271℃)という超低温状態に保つために使う。超伝導加速空洞は、トンネルの中に設置され電子や陽電子を加速するためのもの。つまり、ILC加速器の「心臓部」ともいえる非常に重要な部品。 ILCでは全長12mの巨大なクライオモジュール約2,000台を数珠つなぎにして使用する。その中に、約16,000台もの超伝導加速空洞を設置する。この中を電子や陽電子が走ることになる。空洞の外側をヘリウム容器で覆い、-271℃の液体ヘリウムを満たすことで低温状態を保つ。

 

国際リニアコライダー(ILC)計画は、その名が示すとおり国際的な研究プロジェクトです。2004年から、参加各国の研究者で構成される「国際共同設計チーム(GDE)」が中心となって、技術開発が進められてきました。しかし、研究チームは様々な国籍の研究者で構成されているものの、各技術開発については、それぞれの地域で個別に進められていました。GDEのミッションのひとつは、ILC実現にむけて、各国政府に対して提示しうる、確固たる提案をまとめることです。そのなかで、最も重要な開発課題のひとつが、超伝導高周波(RF)技術です。この活動の国際協力体制が、大きく前進しようとしています。

超伝導RFは、ILC加速器の要となる技術です。2004年に、ILCの加速器方式として、超伝導空洞による加速技術が採用されました。超伝導体であるニオブで空洞とよばれる加速管をつくり、絶対零度(‒273℃)に近い極低温まで冷やして超伝導状態にします。そこに電圧をかけることによって電場をつくり、ビームを光速近くまで加速します。超伝導状態では、電気抵抗がゼロになるため、非常に効率よく高周波電圧をかけ、加速できるのです。今、ILCの研究者は、どうしたらより効率的に、より経済的にできるかを追求しています。このためには、個々の部品の性能はもちろんですが、システムとして協調して、正しく動作するかどうか確認することが必要です。先ごろ、この実証実験を行う「S1グローバル」と呼ばれる活動が始まりました。「S1グローバル」はその名の通り、国際協力により、グローバルに研究開発が進められます。そして、その実験拠点となるのが、高エネルギー加速器研究機構(KEK)です。

「S1」とは、一連のILCの技術開発計画の中で、クライオモジュール※の試験としての第一段階を指します。クライオモジュールは、空洞を超伝導状態にするために極低温まで冷却し、温度を保持するためのシステムのことで、いわばILCの魔法瓶。1台のクライオモジュールには8または9台の空洞が設置されます。S1は、これらの空洞を同時運転する試験で、各国の研究所で自分たちの開発した空洞を使ってそれぞれ実施することが予定されているのですが、これらの取り組みに加え、国際協力を通して空洞8台の同時運転試験を行おう、という計画が「S1-グローバル」です。KEKの超伝導試験施設に、アメリカと欧州からそれぞれ2台、アジアから4台、各地域で高い性能が確認された合計8台の空洞を持ち寄ります。いわば、「空洞のドリームチーム」で行う試験であり、ILC実現への重要な技術実証のステップとなります。

この活動を提案しリードするのが、GDEプロジェクトマネジャーの山本明氏です。「アメリカ、欧州、アジアの三地域は、協力しなければなりません。各地域の技術的なアプローチ、制約は、非常に異なっています。ですから、単純に統一設計に従うことを皆に強いるのは適切ではありません」異なる技術的、文化的バックグラウンドを持つ、それぞれの研究者たちの創造性を発揮させつつ、国際協力体制を維持していくことは容易ではありません。しかし、世界でひとつだけ作る加速器ILC実現のためには、強固な国際協力を基盤とする計画立案・推進が必須です。「S1グローバル」は、世界の各地からの活動、そして機材をいかにして一つにまとめるかを習得して、国際協力としてのGDEの力量を示す大切な機会となるに違いありません。「S1グローバル」は、真の国際プロジェクト実現に向けた、新たな出発点なのです。