科学はサイエンス・フィクション(SF)を生み、SFは科学者を生む。-研究者を志した理由としてSF小説やアニメの存在を挙げる研究者は少なくありません。「鉄腕アトム」のお茶の水博士や、「スター・トレック」のミスター・スポック。登場人物へのあこがれが、「科学者」を生業として選択させる原動力になったのです。では現在もそうなのか?というとちょっと事情は変わってきているようです。
「今SFは衰退期。読者の年齢層も高くなっている」と語るのは、加速器を登場させたSF小説「神様のパズル(ハルキ文庫)」の著者である機本伸司氏。この機本氏の代表作は、2006年5月の発表以来、文庫で14刷を誇るロングセラー。この本のテーマは宇宙論ですが、機本氏は、以前にも宇宙論をモチーフにした習作を書いています。「宇宙の果てで宇宙を考える、みたいな話で、書いた本人にも何だかよく分からない話になってしまいました(笑)」その反省もあって、より身近な世界で宇宙を考える話にしようと「ホームセンターで買えるもので宇宙をつくろうとする、という構想にしたのです。でも、ちょっとリサーチをしたところでこれは無理だな、と。そこで加速器を登場させました」。機本氏は、甲南大学理学部出身。神様のパズルは、専門家が読んでも、かなり物理に詳しい人の作品と思われる内容ですが、実は「加速器についてはほとんど知りませんでした。内容については図書館で調べた程度。実物も、SPring- 8の一般公開で見ただけです」とのこと。意外に、サイエンスとSFの間には、隔たりがあるようなのです。
この隔たりを少しでも縮めようとする様々な活動が始まっています。「科学とSFが交流を深めれば、そこから、新しいSF作品が生まれるかもしれない。そのことで、科学の現状を広く知ってもらうことができれば」と語るのは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の藤本順平氏。その藤本氏の呼びかけで実現したのが、SF作家を中心とするクリエーターグループの加速器見学会です。8月18、19日の2日間にわたり、総勢38名もの参加者が茨城県東海村の大強度陽子加速器施設(J-PARC)と、KEKつくばキャンパスを訪れ、本物の加速器とその背後にあるサイエンスに触れました。見学会後に行われた意見交換会では、SFクリエーターらしい質問が飛び交いました。話題の中心となったのは、やはり「ビーム砲」。「マンガやSFにはビーム砲などが宇宙戦艦を破壊するシーンが出てくるが、実際に可能なのか?」という質問に対しての「磁場の関係で、宇宙でのビーム制御は難しい」や、「敵にビームを当てるためには、敵にビームモニターの位置情報を知らせてもらう必要があるだろう」等の科学者からの回答に、会場は盛り上がりました。
「友の会のメンバーもSFファンが多いのです。そこで、コミックマーケットに出典しようと考えました」と語るのは、国際リニアコライダー(ILC)計画を応援する市民の団体「ILC友の会」代表の岩崎悦子氏です。ILC友の会は、ILC計画を「日本の科学の発展のため」に応援することを目的に設立されたファンクラブ。70名を超える会員が入会しています。コミックマーケットは、毎回550万人を超える人々が世界中から集まる世界最大の同人誌即売会。友の会は、8月17日のコミックマーケットに参加し、アンケート結果からILC研究者を分析した「研究者さんに聞いてみました」や加速器見学レポートなど、バラエティ豊富なコンテンツの同人誌を販売しました。同日にやはりコミックマーケットで同人誌を販売したILCの応援活動を行っている「リニアコライダー普及委員会」(代表:藤野将生氏)では、さらに面白い試みを始めました。普及委員会で「素粒子戦隊リニアコライダー」というフラッシュアニメを作成し、Web上に公開したのです。「まずはリニアコライダーという名前を知ってもらうことが必要だと思ったのです」と語る藤野氏。素粒子戦隊は、こどもの科学離れと戦う戦士、とのこと。「今後、KEKとも協力して、短いアニメーションで素粒子物理学を楽しめるコンテンツを作っていければ、と考えています」(藤野氏)。
昨年9月には、日本SF大会でSF作家と科学者が議論するシンポジウムが行われました。先月には「国際ガンダム学会」の準備会議が広島で実施されるなど、サイエンスとSF、双方の対話が活発に行われつつあります。「科学も、SFもそれに触れた人のイマジネーションを喚起する力があると思います」(藤本氏)。このような活動から、新しい科学者や、新しい作品が生まれることが期待されます。