テルアビブ大学でのFCAL会議に参加して 山本 均(東北大学 教授)

コラム

リニアコライダーの測定器開発では測定器の部分に特化した研究開発を行うグループが幾つかあります。大きなグループでは、カロリメータを開発するCALICE共同研究や飛跡検出器TPCの開発ではLC-TPC共同研究が活発な活動を行っています。それらの中でFCAL共同研究は測定器の前方、すなわちビームに近いところに設置する測定器に特化して開発をしていて、グループのサイズは大きくありませんが活動のレベルが非常に高く結束も強いグループです。

 

今回FCAL共同研究のグループ会議が9月18日〜20日の会期で、イスラエルのテルアビブ大学で開かれるというのでホストのアハロン・レビ教授に招待されて初日のみ参加してきました。テルアビブ・ベングリオン空港に到着したのは会議2日前の午前3時半頃。空港は閑散としているかと思いきや、到着ゲート付近もショッピングエリアも真昼のように混雑しています。長蛇の列の入国審査をなんとか済ませ、ホールに出て到着便の電光掲示板を見ると、午前3時から午前5時頃にかけてほぼ5分ごとに飛行機が到着しています。後でレビ教授に「こんな空港は見たことがない。なぜ深夜にこんなにたくさん着陸するのか」と聞くと、「保安のためだと思う」。要するにこの時間帯だとミサイルで撃ち落とされたりしにくいのでしょう。

 

会議の前日には会議のツアーが予定されていて北方のレバノンとの国境近くを見学することになっていましたが、「是非ともエルサレムに連れて行きたい」というので大学の宿舎でほんの数時間寝た後、レビ教授の車でエルサレムに向かいました。エルサレム旧市街は1967年の戦争まではヨルダンの管轄下にあったところで、「47年休戦協定境界線」でイスラエルの領域が死海に向けて突きだしたその先端にあります。テルアビブからの往路はそのイスラエル領域内の道路を通りましたが、帰路はもっと近道で平坦なパレスチナ居住地区の中を突っ切る高速道路を通りました。高速道路の両側には高いフェンスがあり、その向こうにはモスクの塔でそれとわかるパレスチナ人の居住区が散在しています。所々に鉄条網とコンクリートの壁が見えるので「あれは何か」と聞くと「有名な「壁」だよ。実はあれができてからテロが大幅に減った」とのこと。

 

利用した大学の宿舎はキャンパスのすぐ外にありました。数棟の8階建くらいのビルの集合で、2階の高さが共通の「広場」になっていてかさ上げした地上階のようになっています。それぞれの建物の中のエレベータは「広場」より下には行きません。また広場はフェンスで囲まれていて容易に地上からは登れません。唯一地上階から「広場」に繋がっているのは「広場」の中央近くの階段でその地上階の入り口にはゲートがあり監視員が24時間見張っています。

 

会議前日はトークの準備を含め溜まっていた仕事を片付けるためにツアーは遠慮し、宿舎にこもりました。会議初日の朝、大学のキャンパス内に入ろうとすると自由に入れる場所はなく、いくつかのゲートがあってそこでパスポートなどの点検を受けます。いったんキャンパス内に入ると自由に動き回れますが、建物内部には至る所に「避難所(Shelter)」の案内が目に止まります。会場を見つけ、「ILCの現状」のトークをすませるとちょうどランチタイム。テルアビブを発つ飛行機の時間が迫っていましたが、レビ教授が「学長に会わせたい」というので学長室で簡単な昼食をとりながら学長と談話をすることに。「ILCの実現のために何か我々にできないか?」「ぜひイスラエルでILCに参加している研究者を支援してほしい」。「我々テルアビブ大学も中国と共同研究をしているが、彼らはあるレベルに達するとそこで満足してしまうようだ」「わかります。禅仏教には「知足」という価値観がありますからね」などと楽しく話しました。終わりに学長さんは大きなパノラマ型の窓から向こうに海の見えるキャンパスの景色を指して「いい景色だろう。いろんな新しい建物ができて行くのも良く見える」と自慢していました。そこにはかろうじて維持されている貴重な日常があるようでした。

 

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