2013年のノーベル賞物理学賞をブリュッセル自由大学のFrancois Englert(フランソワ・アングレール)氏、エディンバラ大学名誉教授のPeter W. Higgs(ピーター・ヒッグス)氏が受賞しました。受賞理由は「素粒子の質量の起源に関する機構の理論的発見」です。
両氏は、自発的に真空の対称性を破る機構(仕組み)を使えば、本来質量を持たず光速で飛んでいたはずの力を媒介する粒子(ゲージ粒子)などの素粒子に質量を持たせることができることを示しました。後にワインバーグ氏とサラム氏が、グラショウ氏が提案していた弱い相互作用の理論にこの理論を応用し、電弱理論となり、現在の素粒子の標準理論の確立に繋がるという大きな発見です。
この仕組みによると少なくとも1種類の中性のスカラー粒子(ヒッグス粒子)があるはずで、約50年の年月の間、様々な実験で探索が進められてきました。2012年7月に、欧州合同原子核研究機関CERNの最高エネルギーで陽子同士を衝突させる大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の2つの大きな国際共同実験グループであるATLAS実験グループとCMS実験グループが新粒子を発見しました(「ATLAS実験がヒッグス粒子探索の最新の結果を報告」、「ATLAS日本グループに聞く」参照)。
その後の精査の結果、発見された新粒子はスカラー粒子と矛盾せずそ、れ以外の可能性を95%以上の確からしさで棄て去り、ヒッグス粒子であると確定しました。
ATLAS実験の論文は以下に掲載されています。
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0370269313006369
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0370269313006527
日本からは政府による予算の拠出のもと、多くの企業の協力を得て加速器建設ではKEKが貢献するとともに、実験研究では 16の大学とKEKが共同でATLAS実験を推進してきました。※
LHCは、周長27kmのトンネルの中を時計回りと反時計回りに陽子ビームが回り、4か所で衝突します。周回しているビームを衝突点で収束し、高い輝度での衝突を可能にするための装置であるビーム収束用超伝導四極磁石の開発建設は、米国フェルミ国立加速器研究所とKEKが協力して行いました。
LHCでのヒッグス粒子の発見は、約2千兆回の陽子・陽子衝突の中から1000個に満たないヒッグス粒子の候補を探し出すもので、精密な測定器を何重にも組み合わせて始めて可能になるものでした。ATLAS実験には37ヶ国から約1,800人の研究者が参加し、共同で測定器の建設を進め、データの収集、解析を進めて来ました。測定器での日本のグループの主な貢献は、超伝導ソレノイド磁石、シリコン飛跡検出器、ミューオン検出器とそれを使ったトリガーシステムの建設です。
LHC加速器本体と、実験グループの測定器の建設にあたり、日本企業の大きな貢献がありました。LHC磁石のための超伝導線材、非磁性構造材、超流動ヘリウムポンプ、そして実験装置では半導体検出器や光検出器等、世界中の研究者と特別な開発を協力して進めてきました。詳しい情報はATLAS JAPAN(LHCアトラス実験)のページに掲載されています。
こうして標準理論に現れるすべての素粒子を加速器で作ることができることとなりました。が、これで素粒子のすべてのことがわかったわけではありません。まず、標準理論は重力を扱っていません。また、宇宙の観測からその存在を指摘されているダークマターの性質を持った素粒子も標準理論には入っていません。そもそもLHC実験で発見したヒッグス粒子は標準理論が必要としたヒッグス粒子なのでしょうか?素粒子としては唯一、スピンがゼロのヒッグス粒子は標準理論の中であまりにも特別な存在です。他にスピンゼロの素粒子はないのか?などいろいろな疑問が湧いてきます。はっきりさせるためには発見されたヒッグス粒子の性質の精密な検証が必要です。その後LHC実験では新しい素粒子や標準理論を超える考えを必要とする結果は報告されていません。しかし、標準理論では説明できないことがたくさんあることも事実です。最近の研究では、こうした状況を突破するためにはヒッグスファクトリーとしてのILC実験を行い、ヒッグス粒子の性質を撤退的に解明し、標準理論の予測からのずれを系統だって観察することが必須であるとのことになってきたのです。
※ 日本からのATLAS実験への参加大学・研究機関は以下のとおりです。
高エネルギー加速器研究機構、筑波大学、東京大学、早稲田大学、東京工業大学、首都大学東京、お茶の水女子大学、信州大学、名古屋大学、京都大学、京都教育大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島工業大学、九州大学、長崎総合科学大学