MSL

ミュオンスピン回転/緩和/共鳴(μSR)

(a) ミュオンは高いエネルギーを持ったイオンビームとして加速器施設でつくられ、試料にそのまま注入されて止まります。このときミュオンは進行方向にその磁気モーメントが完全にそろった状態になっています。ビームのエネルギーは後のμSRの測定量とは直接関係ありませんが、このエネルギーによって試料のどのくらい奥深くまでミュオンが到達して止まるかが決まります。典型的によく使われるエネルギーとしては4MeV(4百万電子ボルト)で、この場合密度1g/cm3の試料中では1mmぐらいの深さまで達したところで止まります。ビームラインによってはもっと高いエネルギー(~数十MeV)のビームが供される場合がありますが、その時には試料の前に減速材(degrader)を置いてあらかじめビームエネルギーを調整します。

(b) 試料中に止まったミュオンの磁気モーメントはその瞬間からその場所での磁場を感じて歳差運動page5(precession; 回転)を始めます。これはもちろんミュオンの磁気モーメントが自転=スピンを伴っているためで、重力場中のコマの歳差運動と同じ原理によります。磁気モーメントとスピンは常に同一視されるので通常はスピン回転と呼ばれます。試料内部での磁場の原因としては核磁気モーメントと電子の磁気モーメントがあり、外部磁場がある場合にはそれら全ての磁場のベクトル和が歳差運動の回転軸方向と周期をきめることになります。核磁気モーメントからの内部磁場は一般に数G程度であるのに対し、電子からのそれはその100~1000倍と大きいために容易に区別することができます。これらの内部磁場の向きと大きさがミュオンスピン回転の周波数や減衰に反映されるため、ミュオンスピンの運動を正確に知ることにより試料の磁気的な性質を明らかにすることができます。

(c) それではミュオンスピンの運動はどのように観測するのでしょうか? 実はミュオンは2.2マイクロ秒という平均寿命で陽電子とニュートリノに崩壊する際に、陽電子(e+)をスピンの方向に放出しやすいという大変便利な性質を持っています。しかもこの陽電子は非常に高いエネルギー(数十MeV)を持っているため、試料容器の外に配置されたシンチレーション検出器で容易に検出することができます。従って、たくさんのミュオンを試料に注入し、いろいろな時刻で崩壊するミュオンからの陽電子の空間分布を時々刻々と追いかけることによりミュオンスピンの運動を知ることができるのです。