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4. トリスタンと加速器科学

4.1 トリスタン加速器の性能

4.1.2 ルミノシティー


ルミノシティーは2.1.1で述べたようにビーム電流の二乗に比例し、衝突点でのビーム断面積に反比例する。このためルミノシティーを上げるには、ビーム電流を増やすことと衝突点ビーム断面積を減らすことが必要であった。また、物理実験では限られた時間内にできるだけ多くの素粒子反応を蓄積しなければならない。したがって、ルミノシティーを上げるだけでなく、時間に対して積分されたルミノシティーを上げることも重要であった。このためには、ビーム寿命を伸ばすことと、運転時間を確保し故障率を下げて加速器の稼働率を上げることが要求された。

ビーム電流

トリスタンでのビーム電流の最大値(約15mA)は、大別すると二つの要因で制限される。即ち、(1)入射エネルギーでバンチ電流がある値に制限されること、(2)入射で電流をためても加速中にビームロスが起きて、実験開始時の電流が減ってしまうことの二つである。

入射時の電流制限は、基本的にバンチ電流をある値以上に増やせないという形での制限である。より具体的には、バンチの電流を増やしていくと、しだいにビーム寿命が短くなり、最終的には入射電流と釣り合って、いくら入射を続けても電流値が増えないという状態に陥る。ビーム寿命が短くなったときにビーム状態を観測すると、ビームの断面が(特に垂直方向に)膨れていることが観測された。この電流制限は、トリスタンのルミノシティーを増やす上で最大の問題となり、少しでも最大電流を上げることを目指して、非常に多くの努力が費やされた。現象としては、最大電流は、ベータトロン・チューンやシンクロトロン・チューンに非常に強く依存し、またビームの軌道にも非常に敏感であることがわかった。これらのことから、電流制限は、ベータトロン振動とシンクロトロン振動のある種の共鳴から生じていると思われているが、定量的に満足のいく説明は得られていない。これらの経験から、最適なチューンの組み合わせや最適なビーム軌道を試行錯誤の方法で探すという努力がなされた。その結果、ベータトロンチューンは、水平、垂直とも、トリスタンの運転開始時の値から大きく変えられた。また、ビーム軌道もリングのあちこちで中心軌道からわざと大きくずらすことによって、経験的に最適な軌道が求められた。 これらの努力の結果、バンチ電流を増やすことができた(最大バンチ電流は3.5〜4mA 程度)が、入射で電流を増やしても加速中にビームを失う場合があった。

この加速中のビームロスには、大別して3つのメカニズムが関与していると考えられる。第1は、加速直後にビームロスする場合で、これは、入射時に最適化されたチューンや軌道がビーム加速によってわずかに変わることから生じていると思われる。対策としては、チューンや軌道をできる限り一定に保つことであり、制御方法の改善等の努力の結果、ほとんどの場合このビームロスを救うことができた。第2は、13〜20GeV 付近で、大きなシンクロトロン振動が生じ、振動が大きいときにはビームロスが生じるという場合である。このシンクロトロン振動の原因を調べる実験も行われたが、最後まで原因をつかむことができなかった。試行錯誤の結果、ベータトロン・チューンや軌道を変えると、シンクロトロン振動が生じてもビームロスが起きないこともあることが分かり、ビームロスを一応回避できた。第3には、加速終了直前から直後にかけて、超伝導空洞がトリップ※3することによって、(必要なRF電圧が不足して)ビームロスが生じることがあった。この問題にもかなり悩まされた時期があったが、空洞の温度を上げて空洞表面に吸着したガスをとばすという方法が有効であることが分かり、状況は改善された。

衝突点でのビーム断面積

衝突点でのビームの水平幅 と垂直幅 は、 = と書ける。ここで、 は衝突点でのベータ関数であり、 は後述するエミッタンスである。ルミノシティーは に反比例するから、を小さくすることがルミノシティーを上げるために必要だった。

1)衝突点ベータ関数

コライダーでは一般に、衝突点の両側に数台ずつ四極磁石を置き、衝突点ベータ関数を小さくすることが行われており、トリスタンでも同様の方法がとられた。この場合、特に衝突点両側の四極磁石の強さを上げることが必要である。トリスタン運転初期には、長さ3mの常伝導磁石が使われ、 = 2.2m, = 0.1mであった。(ちなみに曲線部のベータ関数は水平,垂直方向共に25m程度である。)トリスタンではさらに小さい衝突点ベータ関数を得るため、4.2.4で述べる超伝導四極磁石が開発された。この磁石により、 = 1.0m, = 0.04mが可能になりルミノシティーが倍増した。このことは図18で示したように実験グループのルミノシティー測定によって実証されている。

2)エミッタンス

エミッタンスは位相空間内でベータトロン振動により囲まれる領域の面積であり、電子蓄積リングにおいてはシンクロトロン放射による放射減衰と放射励起の釣り合いによって決定される。放射減衰は、シンクロトロン放射で失われる電子の横方向と縦方向の運動量のうち、縦方向の運動量のみが高周波加速装置によって補われることにより生じるベータトロン振動の減衰効果である。放射励起とは、シンクロトロン放射でエネルギーが減少することにより電子の平衡軌道が変わり、この平衡軌道のまわりでベータトロン振動が励起される効果である。(平衡軌道は、ベータトロン振動の基準座標で、一般に電子のエネルギーによって異なる。)

このようにして決まる水平方向エミッタンスは、トリスタンの場合6x10-7mである。トリスタンでは、水平方向エミッタンスを更に下げるため加速周波数をわずかに上げる方法がとられ、水平方向エミッタンスを8x10-8mまで下げることができた。垂直方向については、平衡軌道がエネルギーに依存しないため(つまりディスパージョン関数が0のため)放射励起がなく、設計上のエミッタンスは非常に小さい。しかし、実際にはリングに残る誤差磁場によって、1)水平-垂直方向のベータトロン振動の結合や、2)垂直方向のディスパージョン関数が生じ、垂直方向エミッタンスは有限な値を持つ。 / によって定義される結合係数 は、トリスタンでは1.5-2%であった。ビームが感じる誤差磁場を小さくし、結合係数を下げるために、リングのいたるところでビーム軌道を微調整する作業が行われ、加速器運転の大きな部分を占めた。

衝突点でのビームの垂直幅は静電セパレータを使って測定できる。 図58に富士と筑波衝突点での測定例を示す。この測定では、衝突点両側に置かれた静電セパレータによって電子-陽電子ビーム間距離をdだけ変化させ、電子・陽電子ビームの電磁相互作用によって生じるベータトロン振動数の変化(ビーム-ビームチューンシフト) を測定する。 はビーム幅とdの関数として表せるので、測定データからビーム幅を求めることができる。図58より、両衝突点での の形が違うことから、富士と筑波衝突点でのビーム幅に差があることがわかる。実際の運転では、このような測定をもとに衝突点でのベータ関数を微調整し、各衝突点でのルミノシティーの不揃いをなくすことが行われた。

ビーム寿命

コライダーにおいて、二つのビームが衝突する際に反応して失われる数はごくわずかである。そのためリング・コライダでは、ビームを蓄積し繰り返し衝突させることで高いルミノシティーを得ることができる。但し、もちろん蓄積したビームが無限の寿命を持つわけではなく、いろいろな過程で粒子がビームから失われる。実際のマシンの運転では、できるだけ高い電流を入射して実験を開始し、ある程度ビーム電流が減ったら再度入射するというサイクルを繰り返す。従って、実験の効率をよくするためには、ビームの寿命をできる限り長く保つことが重要になる。

粒子がビームから失われる現象は、何らかの過程により、ビーム内の粒子が安定な運動領域(水平方向、垂直方向、エネルギー方向の三次元空間での領域)から飛び出してしまう事によって起こる。3方向のうちトリスタンで重要なのは、エネルギー方向の安定運動領域(エネルギー・アパーチャー)である。トリスタンの場合、Radiative Bhabha 散乱によるエネルギー損失の効果が、全寿命(約4時間)の約半分を決めていることが実験により明らかになった。この過程では、ある粒子が相手方のビーム内のある粒子と衝突する際に、制動輻射によりエネルギーを失い、エネルギー・アパーチャーの外へ出ることにより粒子損失が起きる。図59に、計算したRadiative Bhabha 散乱によるビーム寿命と、実験から求めたビーム寿命との比較を示した。ビームをぶつけた効果によるビーム寿命(これがRadiative Bhabha 散乱によるビーム寿命だと仮定している)は、ビームを衝突させたときのビーム寿命と、静電セパレータによって電子・陽電子ビームを分離したときのビーム寿命との差から求められた。図59から分かるように、実験値と計算値はかなりよく一致している。

Radiative Bhabha 散乱によってある一定エネルギー以上の制動輻射を放出する断面積は、電子・陽電子散乱の素過程によって決まっているから、失われる粒子の数はエネルギー・アパーチャーの大きさとルミノシティーだけで決まる。ルミノシティーが一定とすると、この過程によるビーム寿命を延ばす唯一の方法はアパーチャーを広くすることであるが、散乱断面積はアパーチャーに対数関数的にしか依存しないので、少々アパーチャーを広くしても寿命にはほとんど影響しない。従って、ある程度ルミノシティーを高くしていくと、Radiative Bhabha 散乱によるビーム寿命が短くなることは必然と言える。

ビーム寿命のあと半分は、粒子が残留ガスによってクーロン散乱される際に、制動輻射放出によってエネルギーを失い、エネルギー・アパーチャーの外に出てビームから失われる過程で決まっていると考えられている。

稼働率

図60にトリスタンの運転統計を示す。故障によって加速器の運転が停止した時間は総運転時間の7%、つまり稼働率93%であった。加速装置は非常に多くの部品(制御すべき要素数だけでも約3万点)から構成されており、高稼働率を達成するためには各部分に信頼性の高さが要求される。上のようなトリスタン加速器の稼働率の高さは、トリスタン加速器の信頼性の高さを示すものである。


 
figure1190
Figure 58: 富士と筑波衝突点でのビームサイズの垂直幅測定結果
 
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Figure 59: ビーム寿命;実験値とRadiative Bhabha 散乱による計算値
 
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Figure 60: トリスタンの運転統計

 

※3空洞電圧等に異常があったとき空洞を守るために空洞電圧を切断すること。

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