国際リニアコライダー(ILC)計画は、国際協力で進められている次世代加速器計画です。ILC通信では、ILCの実現に向けて活動している人にスポットをあてるインタビューシリーズ「ILCをつくる人」を開始します。
第一回は、昨年8月に設立されたILC国際推進チーム(IDT: ILC International Development Team)の議長を務める中田達也氏です。中田氏は日本の大学で修士取得、1978年に渡欧以来ハイデルベルグ大学で博士号を習得し、その後はスイスを中心に欧州で研究に従事されています。スイスのポールシェラー研究所、欧州合同原子核研究機関(CERN)などで研究を進め、スイス連邦工科大学で教鞭をとった後、現在は同校の名誉教授です。
中田氏は大型ハドロン衝突型加速器(LHC)でCP対称性の破れの研究を行う「LHCb実験」で1995年から2008年までロジェクトリーダーを務め、研究者の協力体制の実現、実験の設計、検出器構造の調整において主導的な役割を果たしました。また、加速器将来計画欧州委員会(ECFA)の議長や、CERN理事会/欧州戦略部門のサイエンティフィック・セクレタリー、CERN科学政策委員会議長を務めるなど、欧州素粒子物理コミュニティに貢献してきました。
ILCとの関わりを教えて下さい
中田氏:実はILCに本格的に関わったのは最近のことで、2017年です。CERN科学政策委員会の議長役を終えるときに、ILC推進委員会(LCB: Linear Collider Board)の議長をやらないか、とのお声がけをいただき引き受けました。その前からILCについては色々な機会に聞いてはいましたし、それなりの理解はしていましたが、直接仕事しているのはそこからです。そういう意味でILCには比較的新しい人間だと思います。
科学者として、なぜILCが必要だと思いますか?
中田氏:これまでは、パイオニック原子を使った実験や、高エネルギー陽子・陽子衝突などの実験にも携わってきましたが、私が一番力を入れていたのは、フレイバー物理といって、B、DやK中間子の崩壊などを詳しく調べて、今の標準モデルを超えるような現象を探す研究です。現在も、CERNのLHCb実験でそれを続けていますが、標準モデルを超える現象はまだ確定していません。LHCではATLASやCMS実験も、多くの高エネルギー陽子衝突反応を調べていますが新粒子は見つからず、標準モデルから外れる現象もありません。したがって、新物理があるとしてもどのエネルギーレベルにあるかわからない状況です。次の大きいステップを踏んで新しい加速器をつくるためには、まずは精密実験から、どのあたりのエネルギー領域に新しい物理が出てくるかを見る必要があると考えています。
ヒッグスファクトリーのILCでヒッグスをたくさんつくって、まだ未知な部分の多いヒッグス粒子の性質を精密に測ることによって、将来の物理のエネルギー領域ヒントを得ようというのは非常に重要なステップだと思います。
過去の例においても、ミュオン、タウあるいはKやB中間子の精密実験が、今の標準理論形成に重要な貢献をしました。それと同様に、精密実験が標準理論の次に来る理論の方向性を示す可能性は大きいと思います。そういう意味でILCの必要性は非常に評価できると思います。
ILC国際推進チーム(IDT)とは?
中田氏:世界中の研究者、とくに研究所の所長などで構成されている機関の国際将来加速器委員会(ICFA)が設立したチームです。ILC研究所の設立の前には、準備研究所(プレラボ)をつくることを想定しています。IDTはそのプレラボをつくる準備をするためのチームです。最終的に、プレラボの設立に持っていくのが役割です。
IDTには、いろいろな役割を担うグループがありますが、私はその統率機関である「エグゼクティブボード」の議長をしています。
いま1番IDTが力を入れているのは、プレラボの提案書を作り上げることです。プレラボを立ち上げるには多くの研究所の参加が必要になり、そのためにもきちんとした提案書を作り上げないといけません。
また、世界中の物理学者に、ILCがどういう状況なのかを伝えたり、彼らに将来の実験計画について考えてもらうための活動も行っています。
プレラボの主な目的は?
中田氏:大まかに言うと、ILCを建設開始が可能なレベルのプロジェクトにするのがプレラボの使命です。ILC建設にむけた技術的な研究は大きく進んでいます。しかし技術的には完成していても、その技術を工学的に建設可能な状況まで持っていく必要があります。また、技術的に未完成な部分もいくつかありますので、その技術開発、さらにそれを建設可能なものにします。そのように、ILC研究所が立ち上がったときにILC建設が始められるようにするのがプレラボの1つ目の目的です。
ILC研究所で実験が行われる時に、国際共同実験グループがどのような手順で実験計画を進めていくべきかというプランを設定することが必要です。ILC研究所ができたからといって、すぐに研究者が集まって実験が始まるわけではありません。研究者コミュニティが実験装置の開発や共同実験グループを組織していく枠組みを作るのも仕事の一つです。
実際のILC研究所は、政府間交渉を通じて結ばれる国際協定によって作り上げられます。その話し合いには、どのような組織にすべきか、どのような設備を整えるべきかなど、色々な情報が必要になってきます。国家間の話し合いに情報を政策提供をしてスムーズに進むように助けをするのもプレラボの役割です。
プレラボは、どこに、いつ設立する予定ですか?
中田氏:プレラボは、日本がホストとして建設されるべきILCの準備をするのが使命なので、当然日本につくられることになります。今の段階で、日本の政府としてどこに作るのか決まっているわけではないので、研究者の間で候補地になっている東北にプレラボをつくるというわけにはいきません。おそらく、KEKが重要な役割をするのでつくばの可能性もあり、東京かつくばあたりにつくられる可能性が高いと私は思っています。
時期は、なかなか難しい質問です。プレラボには、世界中の研究所が参加表明しなければなりませんし、日本での状況などが、色々と絡んでくるので難しいです。目標としては、来年の早い時期にプレラボが立ち上がる想定の下で仕事を進めています。ICFAでは、まず2021年末までのIDTの仕事の進み具合を見て、その先の進め方を話し合うことになっています。
プレラボは、何年間運営される予定でしょうか?
中田氏:国際協力についての話し合いがうまくいけばILC研究所自体に引き継がれる仕事をしていくので、ILC研究所が立ち上がるまでということにはなります。ILC研究所が準備すべき設計関係などの仕事は、4年間で完成するという想定で動いています。
プレラボの課題は?
中田氏:技術的な設計から、本当に建設できるような工学的な設計状況に持っていくことです。それからプレラボ自身がやれることではないのですが、プレラボが終わってILCが始まる時には、政府間交渉ができあがっていなければいけません。これに関してはプレラボが直接なにかできるわけではないです。工学設計の部分が完成しているのは当然プレラボの仕事ですが、同時に政府間交渉が首尾よく進み、予定通りに協定が結ばれるかというのがプレラボ期間での難しい課題です。
プレラボを立ち上げ準備は計画通り動いていますか?
中田氏:IDTがしなければならない仕事は、コロナのこともありなかなか大変ですが、全体的にほぼ計画通りに動いていると思います。来年プレラボが立ち上がるための準備を整えるために、IDTだけでほぼやれるという仕事は、遅れもあるものの、まあスケジュール通りに進んでいると思います。その一方、どうやって各国の研究所に話に乗ってもらうか等の外部との関係で運ぶ部門は、どういうスケジュールでどのように仕事を進められるかがIDTだけで簡単に決まるものではないのが難しい所です。
現状はオンラインで仕事されていると思いますが、今後状況が良くなってきたら、日本に長く滞在することになりますか?
中田氏:設立してからオンラインでの会議をずっとやっていますが、オンライン会議は利点と欠点と両方あると思います。デリケートな問題は直接会って話さなければいけない、ということはやはりあります。ちょっと隣の事務所に行って「これどうかね?」って聞けないところなども、オンラインで難しいところですね。今の段階ではリモートでしか仕事ができませんが、リモートでも仕事は進んでいます。
コロナの状況が落ち着いた段階で、私自身が日本しなければならない仕事は当然増えてくると思いますし、重要なことです。チーム自身が国際的なので、仕事上も日本にいるだけというのはできないし、私的なこともありますから、必要に応じて効果的に行ったり来たりにはなると思います。
若い人をどうやって取り込むかがILCの課題だと思います。どのように進めるべきでしょうか?
中田氏:今の段階では、若い人に興味を持ってもらうことが重要です。特にILCの計画自体は20年以上も計画として続いているので、なんとなく過去のこと、と思っている人も多いでしょう。物理自体もいろんな形で変わってきました。これまで考えられてきた以外の方向でも実験ができるかもしれないと、若い人には考えてもらいたい。ILCを使ってどんな実験ができるか、どんな物理ができるか、若い人が考えてほしいと思います。
もう一つは、超伝導を使った加速器など、いろんな面で利用価値があるので、ほかの科学に利用できるということで新しい人に入ってもらうということも必要ですね。
しかしなんといってもILC計画の早期現実が確定するというのが、若い人に入ってもらうには特効薬ですよね。
聞き手:ILC推進準備室 菊池まこ