我々の研究グループでは、J-PARC、MLF内に建設された中性子光学基礎物理測定装置(NOP:Neutron Optics and Physics)を使用し、スーパーミラーを使う「低発散ブランチ」「非偏極ブランチ」と、磁気スーパーミラーを用いた「偏極ブランチ」と呼ばれる3つのビームブランチを使用し研究を行っています。
低発散ブランチでは、中性子干渉を用いて、重力の精密な測定を行う予定です。中性子ビームを2つの経路に分波し、両者を再び合流させる実験を行い、中性子干渉計で測定します。双方の経路の距離の差に応じて変化した中性子の波のパターンを観測することで、エネルギーにして1000兆分1電子ボルト程度の精度で重力の影響を調べることができます。このブランチでは、瞬間強度が大きな「パルスビーム」を利用することで、定常ビームに比べて最大で200倍程度の中性子を干渉させることが可能になると見積もられています。それによって得られる膨大なデータから、実験精度を上げることが期待されます。
偏極ブランチでは、中性子の崩壊を精密に測定する予定です。現在、中性子寿命の精密測定の準備が始まっています。中性子の平均寿命は、初期宇宙元素合成において軽元素比を決定する重要な量です。しかし、最新の中性子データはいまだに、飛行中性子を用いた測定から大きくずれています。このため、J-PARCでの飛行中性子を用いた精密測定に期待がかかっています。
非偏極ブランチで行われる実験では、キセノンやアルゴン、クリプトンといった希ガス原子による中性子散乱を精密に測定し、中性子と原子の間に働く未知の「中距離力」の探索が行われます。
さらに、アインシュタインの提唱した等価原理の検証、スピノル性の検証、核散乱長の精密測定による少数核子系研究、中性子崩壊の寿命およびスピン角相関項、中性子電荷測定、中性子反中性子振動によるバリオン数非保存探索、そして電気双極子能率の探索なども準備中です。今後のJ-PARCでの冷中性子を用いた基礎物理研究にご期待ください。