高分子や液晶、コロイド、両親媒性分子等の物質は、固体に比べてやわらかな性質を持つことから「ソフトマター」と総称されています。このソフトマターは軽くて強い素材として、あるいは洗浄やコーティング等のための機能性物質として、身の回りのあらゆるところで使われています。またタンパク質や細胞膜などの生体物質の基本構成要素でもあります。それらのソフトマターがどのような構造を持ちどのように機能を発揮しているのか、と言うことをテーマに、中性子反射率、中性子スピンエコー、中性子小角散乱に加えて、X線小角散乱や光散乱などの手法を用いて研究を行っています。
生体膜の基本構成物質であるリン脂質膜の親水基の近くに存在している水(水和水)の運動状態を中性子準弾性散乱で測定しました。これにより、水和水には「強結合水」「弱結合水」が存在し、その和は温度とともに変化しない一方で比は変化することが分かりました。また加える塩の種類によって、「強結合水」の割合が変化することも分かりました。
プレス・ リリース 生体膜における金属イオンと水の関係を探る
タイヤの内部はフィラーと高分子からできていて、その構造と運動状態がタイヤの力学的性質を決めています。特にフィラーの周りにどのように高分子が分布しているか、ということが高分子の運動状態を決め、それがタイヤの性能に影響しています。我々は中性子反射率を使って、フィラー界面における高分子の分布の様子を調べています。
プレス・ リリース SPring-8・J-PARC・スーパーコンピュータ「京」を連携活用させたタイヤ用新材料開発技術「ADVANCED 4D NANO DESIGN」を確立
多くのソフトマターはファン・デル・ワールス力やクーロン力等の相互作用とエントロピー的な効果の競合によって、原子スケールからマクロスケールに至る階層的な秩序構造を持っています。その中で特にナノスケールの構造と秩序化、またそれらのダイナミクスに焦点を絞って研究を進めています。
●両親媒性分子膜の構造とダイナミクス
●イオンの効果による液体の秩序構造
プレス・ リリース 塩が界面活性剤のように振る舞う現象を発見
水と油と界面活性剤が作る様々なナノ構造(左) 水と有機溶媒に塩を加えてできるオニオン構造(右)
水に界面活性剤を溶かした水溶液の上に脂肪酸を加えた油滴を落とすと、まるでアメーバのように油滴が自発的に運動する様子を見ることができます。そしてこのときの水と油の界面をよく見ると、ゲル状の堅い物質ができてそれが時間的に膨らんだり縮んだりしている様子が見てとれます。我々はX線小角散乱や中性子小角散乱でこのゲルの構造を調べて、界面活性剤が層状に規則的に並んだナノスケールの構造ができていることを明らかにしました。そしてこのような研究を通じて、生命体がどのようなメカニズムで自発的に運動するのか、と言う点に迫ろうとしています。
PFトピックス 非平衡状態にある油滴の自発的変形運動のメカニズムを解明
細胞やその小器官を構成する「生体膜」は5ナノメートル程度の厚さを有するリン脂質の二分子膜(脂質二重膜)にタンパク質などの生体関連物質が埋め込まれた構造をとっていることが知られています。この、生体膜のベースとなるリン脂質は石けんのような両親媒性分子(水に馴染む親水部と油に馴染む疎水部を有する分子)で、水に溶かすと親水部が疎水部を取り囲むよう脂質二重膜のような二分子膜を自発的に形成します。このリン脂質による二分子膜は生体モデル膜として生化学的な研究はもちろん、物理学的なアプローチによるリン脂質二分子膜の形成メカニズム解明に向けた研究にも用いられています。我々のグループではX線や中性子を用いてモデル生体膜のナノ構造を観察し、リン脂質ベシクル(リン脂質膜によって作られたマイクロスケールの袋)の温度変化による構造制御や生体関連物質の添加による変形挙動に関する研究を行っています。
チョコレート中に含まれるココアバターはカカオマスや砂糖など味に係わる成分を閉じ込めるカプセルのような役割を果たしており、その物理的特性がチョコレートの食感を支配しています。ただし、その物理的特性を支配するココアバター結晶の種類はI型からVI型まで6種類あると言われており、それぞれ分子のパッキングの仕方が異なることはもちろん、密度や融点といった物理的な特性も変化します。中でも高密度で融点が約33℃のV型結晶はチョコレートに最適で、高いスナップ性と口に含むと溶けていく滑らかな舌触りを示します。そのため、V型の結晶を効率よく作成するための研究が行われており、我々のグループでは中性子線を使ってココアバターの結晶構造を観察し、その結晶構造メカニズムの解明に取り組んでいます。
物体と物体の界面で起きる「摩擦」の制御はエコな社会を作るためには極めて重要です。また摩擦と摩耗を減らすための「潤滑」の技術も同じように重要なのですが、しかしそのメカニズムを理解するための基本原理は分からないことが多く、解明が待たれています。そこで我々は物体と物体の間の界面を直接観ることができる中性子反射率法と、分子や分子集団の運動状態を知ることができる中性子準弾性散乱法とミュオンスピン緩和法を用いることによって、摩擦と潤滑を研究する「トライボロジー」に切り込もうとしています。
瀬戸 秀紀 | 教授 | 専門:ソフトマター物理 |
青木 裕之 | 特別教授(クロスアポイントメント・JAEA) | 専門:高分子科学 |
遠藤 仁 | 准教授 | 専門:高分子科学、生物物理 |
山田 悟史 | 量子ビーム連携研究センター准教授 | 専門:ソフトマター物理 |
山田 雅子 | 助教 | 専門:中性子光学 |
竹下 聡史 | 助教 | 専門:構造物性、ミュオン、放射光 |
菊地 龍弥 | 特任助教(クロスアポイントメント・住友ゴム工業) | 専門:中性 子準弾性散乱 |
Liu Yuwei | 研究員 | 専門:高分子科学 |
Md. Khalidur Rahman | 総研大学生 | |
宇津木茂樹 | 総研大学生 | |
堀 耕一郎 | 共同研究研究員(住友ゴム工業) | 専門:高分子科学 |
日野 正裕 | 京大複合研准教授 | 専門:中性子光学 |
試料水平型中性子反射率計 SOFIA (BL-16)
中性子共鳴スピンエコー装置群 VIN-ROSE (BL-06)
文部科学省・新学術領域研究「水圏機能材料〜環境に調和・応答するマテリアル 構築学の創成」