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3. 研究成果 3.5 実験技術の開発 3.5.1 薄肉超伝導ソレノイド電磁石 衝突ビーム・物理実験では、生成された荷電粒子の運動量を精密に測定するため、衝突点を囲む空間にソレノイド型の磁場空間を用意し、磁場(B)内を通り抜ける荷電粒子が受ける偏向の曲率半径(ρ(m)=p / 0.3 B (GeV/kGauss))より運動量(p)を求める。強力な磁場が望まれるが、そのために必要となる電磁石・コイルは、観測しようとする粒子の多重散乱や吸収反応の原因ともなるので、できる限り物質量が小さく、粒子透過性に優れた「薄肉超伝導ソレノイド電磁石の開発」が求められる。 この磁石の性能は、物理実験の立場からは、磁場の強さと、コイルの壁の持つ物質量(輻射長単位)で表わさせる。コイルの厚さはその直径にも依存するため、電磁石設計の立場からは、より一般的化された形としてE/M比(磁石の励磁に伴う電磁的な蓄積エネルギー/コイルの冷却重量)によって評価されるようになってきた。この比が大きい程、粒子の運動量測定性能が高く、かつ粒子の透過性能が良い磁石として評価できる。この量は熱力学的な観点からは、エンタルピー(コイルの単位重量当たりの内部エネルギーとしての吸収可能量)となり、クエンチ(超伝導の破れ)が発生した場合にコイル内にダンプされ得る単位重量あたりのエネルギーに相当する。 トリスタン実験では、TOPAZおよびVENUS粒子検出器のために薄肉超伝導ソレノイド電磁石が開発された。また、これに先立ち日米協力事業の一環として、フェルミ研でのCDF実験用薄肉超伝導ソレノイドへの基礎開発協力が進められ、それらの開発過程で「アルミ安定化超伝導線」、「コイル内巻法」等の新技術が確立され、それらはその後の高エネルギー実験用・超伝導ソレノイド電磁石の国際標準の技術となった。 これら実用機の物理実験での安定な運転実績を踏まえ、さらに先進的な薄肉超伝導ソレノイドへ向けた「高強度アルミ安定化超伝導線」の基礎開発が進められ、より高磁場を目指したプロトタイプ磁石が試作された。この結果として2テスラ級の磁場を有する磁石において、E/M比として約10kJ/kgを有する磁石の試作に成功した。表11に、トリスタン及びこの試作機の主要パラメーター示す。また以下に鍵となった新技術の開発とその特色を述べる。 軽量かつ低温での残留電気抵抗値が、銅よりも十分小さくなる特色を生かして、純アルミニウムが超伝導線の安定化材として採用された。「同時押出し法」を開発し、ニオブ・チタンを素材とした超伝導素材の周囲に配置する事により、安定性が良く、信頼度の高い超伝導線が可能となった。この方式は、日米協力CDF実験用超伝導ソレノイド電磁石の基礎開発(筑波大、高エネルギー研が協力)に於いて初めて試みられ、トリスタン実験用超伝導ソレノイド等の成功により、実用機としての評価が確立された。さらにこれに続く基礎技術開発により、アルミ安定化材に微量の亜鉛(Zn)を添加し、従来に比べ3倍の機械強度を得ることに成功し、2テスラを超えるアルミ安定化超伝導電磁石への応用に道を拓いた。図48に、世界でこれまでに開発された高エネルギー実験用薄肉超伝導電磁石の、アルミ安定化超伝導線の断面の比較を示す。トリスタン以降の「同時押し出し法によるアルミ安定化超伝導線」技術の定着が理解される。 コイル内での物質量を減らしながらも電磁力を支持するため、電磁力支持シリンダー内面に直接コイルを巻きつける「内巻法」が、TOPAZ超伝導電磁石を契機として開発された。これにより、常識となっていた内側のコイル巻枠を廃して物質量を節約しつつ、強大な電磁力を支持する事が可能となった。図49に、この方式によって開発された電磁石断面図を示す。 さらに電磁石の薄肉化を総合的に追求する技術として、「純アルミ・ストリップによるコイルのクエンチ保護」及び「間接冷却法」、また複合材料や金属ハニカム構造による断熱真空容器(クライオスタット)等、技術の積み重ねにより薄肉超伝導電磁石技術が確立した。図50は、これまでに達成されたE/M比を、蓄積エネルギーを関数として示したものである。トリスタン計画を契機として推進された開発努力により、約10kJ/kgを達成した。物理実験の立場からは、直径4m,磁場2テスラ級の磁石を1.2輻射長にて実現する技術を確立した。これらの技術は、Bファクトリー計画におけるBELLE実験用超伝導電磁石にも生かされている。 |
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