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4. トリスタンと加速器科学

4.3 加速器理学に関する研究

4_3_3 Coherent Beam-Beam Oscillation


電子・陽電子ビームは衝突点において、個々の粒子間の衝突以外に多体系としての相互作用も行う。この相互作用が強すぎるとビームは不安定になるが、(加速器としての実際の運転の場合のように)比較的弱くて安定な場合でも種々の効果をもたらす。また、それによってビームを診断することもできる。その一つがベータトロン振動数の変化である。相互作用の強さはビーム・ビーム・パラメーターと呼ばれる
(6)
で特徴づけられる。ここで、 はバンチ内の粒子数、はビームエネルギー(静止質量単位)、 および は衝突点での水平・垂直方向のベータ関数およびビームサイズ(標準偏差)、eは古典電子半径である。各粒子は相手ビームの作る電磁場により収束力を受けるため、ベータトロン振動数が上がる。相手ビームからの力による、各粒子の水平・垂直方向のチューンの変化(1対 の相互作用)は、相互作用が弱い場合に等しい(となるようにが定義されている)。しかし実際に観測されるのは1粒子の振動ではなく、バンチ全体の重心の振動であり、したがって の多体系同志の相互作用を考える必要がある。その場合、バンチの重心振動のチューン変化は、相互作用が弱い時でもにはならない。この、バンチ全体としての振動を コヒーレント振動と呼ぶ。2つのバンチの振動としては、両者が同じ位相で振動するモードと逆位相で振動するIIモードとがある。ここでは後者のみ考える。前者は物理的に興味がない。最も簡単なモデルとして、両バンチを質点とみなし、その間に働く力をガウス分布のビーム間に働く平均の力で近似すれば、となることが、知られている。

ビーム・ビーム・パラメーター の値がわかれば( は既知として)衝突点でのビームサイズ がもとめられ、またそれより水平・垂直方向のエミッタンスが得られる。しかしそのためには と観測から求められるチューンの変化との関係を理論的に確立しておくことが必要である。

TRISTAN-ARにおいて、ビーム・ビームチューンシフト の測定が行われ、最も簡単な関係式を仮定してエミッタンスが求められた。水平方向エミッタンスは通常、設計値に近いはずと考えられている。垂直方向エミッタンスは他の方法で精密に求めるのは容易ではないが、ルミノシティーが1/ に比例することからルミノシティー・モニターのデータによりおよそ評価することができる。しかしTRISTAN-ARで上記の方法によって得られた は設計値より3割近く小さく、また もルミノシティー・モニターの示す値よりかなり小さかった。後者についてはルミノシティー・モニターの信頼度の問題もありうるが、前者については設計値より大きくなることはあっても小さくなることは考えにくい。そこで、 の関係を再検討した。

方法は、各ビームの分布関数を直交関数(Laguerre多項式)で展開し、その係数を未知数とする行列方程式を作り、IIモード振動数をその固有値として求めるものである。200×200 程度の行列で十分な収束が得られ、その結果TRISTAN-ARのように衝突点においてビームが平たい極限( /()→0)では
(7)
逆に円い場合(=0.5)には
(8)
となることがわかった。一般の場合は> /, > / の関数として図77 のようになり
(9)
で近似できる。図中で実線は固有値方程式の解、破線は上式によるフィットを表わす。

これらの式は弱い相互作用の極限→0 について成り立つもので有限の については理論ができていない。このため実際の測定との比較においては多少の不確定性を伴う。初等的なビーム力学効果を考慮して実測値 から
(10)
によって をもとめ、これが理論式の に相当するとして を評価することも考えられる。(はビーム・ビーム相互作用のない場合のベータトロンチューン。)

図78 および図79 は測定結果の一例を示す。図78 は水平方向のチューン変化をビーム電流の関数としてプロットしたもので●( )は式 (7) によるもの、○()は式 (10) を経たものである。前者の方が高いビーム電流(すなわち大きな)まで測定との一致がよいが、その理由は→0 の極限のみを与えている今の理論からは不明である。いずれにしても測定との一致は簡単なモデルよりはるかによいことがわかる。これによって の理論と観測の矛盾は完全に解消した。図79 は垂直方向についての理論と観測の比較のために、ルミノシティーをビーム電流の関数としてプロットしたものである。誤差棒をもつ点はルミノシティーモニターによる測定値、3本の実線のうち中央のものが本理論による予測である。ルミノシティーモニターの誤差範囲が10%程度あるが、理論と観測の一致は非常によく、簡単なモデルは明らかに排除できる。

このように理論が確立されたことにより、衝突点でのビームサイズが、ルミノシティーモニターによるよりもはるかに速くかつ精密にわかるようになった。

理論はバンチ当り粒子数 およびビームエネルギー が電子・陽電子の間で異なる場合にも拡張されているが、衝突点でのビームサイズが異なる場合、衝突交叉角・ビーム中心位置のずれ等がある場合、が十分小さくない場合、等については今のところ長時間の計算機シミュレーションによるしかない。

  
Figure 77: コヒーレント チューン の変化とビーム縦横比との関係(理論による結果) Figure 78: 水平方向チューン シフト
 
Figure 79: ルミノシティー vs. ビーム電流



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