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4. トリスタンと加速器科学 4.3 加速器理学に関する研究 4_3_4 TRISTAN Main Ringにおける横方向モード結合ビーム不安定 加速器において、バンチ電流はいろいろな原因によって制限される。特に大型の電子蓄積リングにおいては、横方向モード結合ビーム不安定と呼ばれる現象が電流を制限することが予想される。この不安定の原因はよく理解されており、TRISTAN加速器の設計を行なう際にも、この不安定をできるだけ避けることが考慮された。 横方向モード結合ビーム不安定を理解するためには、バンチを構成する個々の粒子がバンチ内で2種類の振動をしていることと、バンチが不安定になって全体が振動する場合の振動がどのようなものであるかを知る必要がある。2種類の振動には縦方向(バンチの進行方向)のシンクロトロン振動と、横方向(バンチの進行方向に垂直な方向)のベータートロン振動とがある。 シンクロトロン振動とは、バンチを構成している粒子がバンチの中で進行方向に常に振動している現象を表す。力学で扱う調和振子が、振れの角度と角速度の座標をもつ平面上では円を描くことはよく知られている。同様にシンクロトロン振動も調和振子がよい近似となっていて、バンチの中心からのずれとずれの速度に対応した量を座標に取った平面(位相平面)上で、図80で示すように反時計方向に円軌道を描くようにすることができる。また、調和振子の等時性により、シンクロトロン振動でも、位相平面での円軌道の大きさによらず一周する時間は同じである。個々の粒子はシンクロトロン振動を常にしているが、バンチが安定な場合には互いに振動の位相がばらばらなのでバンチ全体としては振動しない。また粒子の振動の振幅はガウス分布をしており、その結果、粒子はシンクロトロン振動位相平面上、及びバンチの進行方向でガウス分布をしている。 ベータートロン振動とは、粒子がバンチの中で進行方向と垂直な方向に振動する現象を表すが、ここではバンチ中心の軌道を中心としてその上下に振動する方向のみを考える。この振動も、同様に調和振子で表すことができ、バンチが安定で粒子の互いの振動の位相がばらばらな場合には、バンチ全体の振動は見られない。 バンチの振動モードは、3次元の図に示すと理解しやすい。底平面はシンクロトロン振動の位相平面を表し、上下軸は上下のずれと粒子数の積(ずれのモーメント)を表すことにする。0モードと呼ばれる単純な基本モードは、図81の上段で上下にベータートロン振動する曲面で表される。位相平面上での粒子分布を反映してガウス型の曲面となる。また図ではベータートロン振動の半周期を示している。粒子は曲面上にのり上下に振動しながら、上下軸を中心にシンクロトロン振動に対応して曲面上を周回する。TRISTANでは粒子が曲面上を一周する間に、バンチはリングを約8周し、その間に粒子は上下に数百回ベータートロン振動をする。 |
0モードと結合して不安定の原因となるもう一つの基本モードは-1 モードと呼ばれるもので、図81の下段での曲面で表される。0モードではシンクロトロン振動の一周に沿ってベータートロン振動の位相のずれはなかったが、-1 モードでは粒子が曲面上を一周するとちょうど振動位相が一周期遅れることになっていて、モードの振動数はベータートロン振動数からシンクロトロン振動数だけ下がったものになる。まとめると、ベータートロン振動数を持った0モードと、それよりシンクロトロン振動数だけ下がった振動数を持つ-1 モードがバンチに存在できることがわかる。
つぎに考慮することは、バンチの電流が増加したときに2個の基本モードがどのような振る舞いをするかである。バンチの電荷を考慮しないと、シンクロトロン振動数もベータートロン振動数も加速器の運転条件で決定され一定に維持される量である。しかしバンチは電荷を持っていて、その周りに電磁場を伴って加速器リングを周回している。バンチ全体が振動すると、それにつれて周りの電磁場も同様に変動することになる。このとき真空容器の壁の電気伝導が一様になめらかでないと、そこでバンチが伴った電磁場が散乱され、これらの散乱波のうち特にバンチの振動による変動電磁場から発生した散乱波は、横方向の電磁力をバンチ振動に同期してバンチ自身に与えることが知られている。横方向の電磁力は、ベータートロン振動の方向と同じであるため、2個の基本モードの振動数をずらす働きがある。標準的な加速器においては、0モードの振動数は下がり、-1 モードの振動数があがる傾向がある。そのため、バンチ電流が増加すると、2個の基本モードの振動数が近づき、ついには振動数が同じになり2個のモードが互いに共鳴結合して不安定なモードが発生する。この現象が、横方向モード結合ビーム不安定である。 このビーム不安定を避けるには、真空容器をビームの進行方向に電気的にできるだけ滑らかにし、バンチが伴った電磁場が散乱されないようにすればよいことがわかる。TRISTAN加速器の設計では、真空容器の設計において散乱波の発生をできるだけ少なくすることが考慮された。また、TRISTANでは多数の加速空洞を必要とし、それらは構造上非常に大きな散乱波を発生することが避けられないため、散乱波による基本モードの振動数のずれがなるべく少なくなるように、空洞を配置した。 TRISTANの入射エネルギー8GeVにおいて、2個の基本モードの振動数がバンチ電流と共にどのように変わるかを計算した結果を図82に示す。横方向の散乱波を発生させる機器として、加速空洞と各種のべローズ構造を考慮にいれて計算を行なった。横軸はバンチあたりの電流で、縦軸はモード周波数からベータートロン振動数を引いて、さらにシンクロトロン振動数で割ったものを表している。このため、バンチ電流が0のところでは、0モードと-1 モードはそれぞれ0と-1の値を取る。バンチ電流が増加すると、0モードと-1 モードの周波数が近づき、9mA付近で2個のモードの周波数が一致し、不安定になることが予想される。0モードの周波数については実測することが容易で、ほぼ計算どうりにバンチ電流に依存することが確かめられた。実際のTRISTANの運転では、別の原因で電流が5mA程度で制限され、モード結合ビーム不安定は幸か不幸か観測されなかった。 |
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